2章75話 闘技場の秘密
アスランを追いかけていったユリウスは、人混みを掻き分けてその姿を見失わないようにしていた。
(エドワード様の懸念した通りだとしたら、ここで何かが起こるかもしれない)
ラーデルスとトラヴィスの間で国交を結ぶという約定は、無事に締結する事が出来たようだが、アスランがロヴァンスの花嫁を使って具体的に何をしようとしているかまでは、わからなかった。未だティアンナが危険な状態にある事に変わりはないのだ。
ユリウス達はラーデルスの書状をアスランへ届けるのが当初の目的であったが、チャンセラー商会と思わぬ所で繋がりができた為、またエドワード自身が望んだ為に、ティアンナの護衛の為にも動いていた。
ラティーファからある程度の事情を説明され、ティアンナの身に危険が及んでいる事を知ったのだ。
(まだ何があるかは分からないけど……こうしてわざわざ王様自身がやってくるのは……)
ユリウスの視線の先には、護衛を引き連れたアスランの姿。豪奢な金の刺繍の施された外套をゆったりと纏い、堂々とした風貌は、まさにこの国の王に相応しい。
にもかかわらず、人で混雑する地下街の中をすいすいと進んでいく。明らかに高貴な人間がそこにいるとわかるのに、人々はそこまで驚いたような様子もなく、ただ視線を向けているだけだ。
(随分と慣れた様子だから、ここによく来ると言っていたのは本当なんだろうな)
そんな風に思いつつユリウスは買い物客を装い、彼らの様子を注視していた。
するとアスランは屋台などの脇を通り抜け、奥の通路の方へと進んで行く。
(あっ──)
一人の小柄な中年男がアスランに近づき、何か言伝しているようだ。アスランも相手に何事かを告げているようだ。
「……逃がした…が……を連れて……ら、すぐに……」
「……わかりやした……すでに…の用意が整って……」
僅かに聴こえてくる会話に耳を澄ませながら、ユリウスはアスランと話す男の様子をつぶさに観察していた。一見どこにでもいるような装いをしているが、身のこなしは訓練された兵士のものだろう。凡庸な風貌の奥にある鋭い眼差しは、常人のものではない。
(国王が使う影みたいなものかな……やはり何か企んでいるんだろう)
話し終えたアスランが男から離れていく。ユリウスはそのまま戻らずに、小柄な男の方をつけることにした。帰りが遅れた理由など、いくらでもつけられる。
小柄な男の方は、どんどん奥へと進んでいく。人がまばらになり、闘技場の関係者だけが入れる区画のようだった。ユリウスも人目に付かないようにして、中へと入っていくと──
(あれは──)
そこで見たものに、ユリウスは驚きに目を瞠った。
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「待たせたな。退屈してないか?」
アスランがにこやかな笑みを浮かべて戻ってくる。約束した通り、様々な種類の軽食を買ってきたようだ。護衛の兵士達の手からそれを受け取ると、双子達は嬉しそうに食べ始めている。
「あ、これ美味しい!」
「こんな料理初めて食べます!」
香辛料の効いた肉の串焼きや、惣菜を包んだ薄焼きパンなど、試合を観戦しながら楽しめる料理ばかりだ。
「それにしても、この休憩の間に闘技場が大変な事になっていますけど……これは大丈夫なのですか?」
ティアンナが困惑しながら闘技場を見つめている。休憩に入ったと同時に、闘技場の舞台の敷板が全て外され、下にあった通路や仕掛け部分が晒されたかと思うと、あっという間に周囲の壁から大量の水がそこに注ぎ込まれたのだ。今や舞台は完全に水没している。
「あぁ、これが今日の一番の見世物だ。この砂漠の街でこれだけ大量の水を使う見世物はこれくらいなものだろう」
アスランが自慢げに言うと、完全に湖の様になった闘技場に、何隻かの船が出てきた。
「船?これは……」
「水上戦だ。数隻の船を操って戦う。西方の内海に近い地域の戦の真似事だな。相手の船を奪って船員を全て水に落とせば勝ちとなる」
「なんと大掛かりな……」
見れば十数隻ほどの船がひしめきあっている。それぞれに自軍の旗を船の上に立てており、数隻ずつを操り、その操船や指揮の仕方も見て楽しむのだろう。戦の真似事を楽しむとは、随分と金と手間がかかった娯楽である。
「こんな砂漠の真ん中じゃ、このような船を使った戦など、見る機会などないからな。見物料もそれなりの値段なのだが、それでも毎回立ち見が出るほどの盛況ぶりだ」
アスランが酒を片手にご機嫌で説明してくれる。確かにこれだけのものが、一般市民でも見れるとあっては、少しばかり値が張ってでも見たいと思うだろう。
「こんなに大量の水はどこから引いているのですか?」
ティアンナの疑問は、他の者達も気になっていたようで、前に乗り出してアスランの言葉を待っている。アスランはそんな彼らの好奇心を満たすように、手ぶりを添えて説明してくれた。
「あぁ、この水は全て河から引いている。といっても普通に引いただけでは時間がかかるからな。あらかじめ貯水されている所から入れている。幸いここは三つの河が合流する場所に街が作られているから、そもそも水は豊富なんだが、それでも干ばつなどに備えて地下に貯水している。これはその余剰分を利用しているんだ。だからこの見世物も月に数回程度しか行われない」
「すごいですね……地下の整備に治水。そしてそれを娯楽へ利用し、経済も循環させている。全く恐れ入りました」
エドワードが酷く感心したように頷いた。今の彼は完全にラーデルスの使者としての顔だ。自国でも何か出来ないかと考えているのかもしれない。
「さぁ、説明はこれまでだ。もうすぐ始まるぞ!」
アスランの楽し気な声と共に、水上戦の火ぶたが切って落とされた。
実際に昔の闘技場でも水上戦ってのがあったらしいですよ。その話を聞いた時から水上闘技、書いてみたかったんです。水上闘技って単語だけで萌えるよね~w




