2章68話 使者との謁見
タゥラヴィーシュ王宮内、謁見の間──
澄んだ青空を模した丸天井に、タイルが美しい幾何学模様を描き、それを支える為にすらりと白い柱がいくつも並んでいる。風通しの良い大きな窓からは、午後の日差しが差し込み、鮮やかな宝石で彩られた白磁のように輝いていた。
そんな豪奢な空間にてトラヴィス国王の到着を待つのは、ラーデルスからの使者エドワード。特に緊張した様子もなく、異国の煌びやかな建築を、物珍しそうに眺めている。
使者の側には小柄な二人の連れの者がいた。彼等は使者と違って落ち着きが無く、キョロキョロと辺りを見回している。
そして彼らの後ろには護衛が数人。周囲を警戒するようにして立っている。
暫くして突然銅鑼のようなものが鳴り響いたかと思うと、謁見の間に緊張が走る。
「王様のおなりである」
厳かな文言と共に、恭しく侍従が頭を下げると、謁見の間にいる兵士達が武器を高く掲げた。それに合わせて使者の者達も、粛々と頭を垂れて王の着座を待つ。
大勢の者に傅かれる中、国王のアスランが謁見の間へと入り、玉座に座った。
「そなたたちがラーデルス王国からの使者であるか」
重々しい声で王が使者に問う。
その声にエドワードは顔を上げぬまま答えた。
「はい──我が国、ラーデルス王国のノルアード・ハイラム・ラーデルス国王の書状を持参いたしました」
「これへ──」
国王であるアスランが侍従に合図をすると、侍従はすぐに使者の下へと歩んだ。そして跪いたままのエドワードから書状を受け取る。書状に特に問題の無い事を確認すると、すぐさま王へと手渡した。
アスランは書状を広げじっくりとそれを読み進める。その場に暫しの沈黙が流れ──やがて書状を読み終えたアスランが、使者たちへと視線を戻す。
「……それで……我が妃に会いたいというのは、どういう了見なのか答えてもらおうか?」
アスランが最初に口にしたのは、書状の内容についてではなかった。厳しい声音。ピリリと肌を刺すような鋭い空気がその場に流れる。
まだアスランは一国の王として、エドワードたちに頭を上げる許可を与えてはいない。しかしエドワードはそれに怯む様子もなく、頭を垂れたまま淀みなく言葉を紡ぐ。彼は他国の礼儀作法にも精通していた。
「恐れながら、ロヴァンス王国からのお妃様とは、我が国において少なからずご縁がございました。此度はお妃様の妹君がどうしても異国に嫁がれた姉君にお会いしたいとのことで、無理を承知で謁見の願いをさせていただいたのです。どうか、お妃様とその妹君のお気持ちを汲んでいただけますよう、私からもお願い申し上げます」
使者の言葉に、アスランは側に跪く小柄な二人の者達を見た。よく見ればまだ子供のようだ。彼女達が使者の言う妃の妹達なのだろう。
アスランは暫し考えた後、彼らに声を掛ける。
「皆の者、面を上げよ。許す」
張り詰めた空気が緩んだ瞬間だった。
小柄な二人の連れ──フランとミスティの姉妹が、顔を上げ大きく安堵の息を漏らす。その様子を見て、アスランは小さく喉を鳴らすように笑った。
一方のエドワードは、焦りも緊張も見せず、表情を変えぬまま、真っ直ぐに玉座と対面している。
「お前達が我が妃――ティアンナの妹達か?」
「は、はい!私はフランシーヌ・プラナ・ポワーグシャーです、王様」
「私はミスティリア・プラナ・ポワーグシャーと申します」
「どうやってここまで来たのだ?彼の国からは子供の足で来れる距離ではないぞ」
まるで珍妙な動物を見るかのような眼差しで、子供たちに問うアスラン。
しかしフランとミスティは物怖じせずに真っ直ぐに見つめ、子供らしくはつらつとその質問への答えを口にした。
「えぇと、ロヴァンス王国を通ってやってきた、ラーデルス王国の使者様の馬車に隠れて、ここまで連れてきていただきました」
「暑さに耐えかねて、途中でバレてしまいましたが……」
少し得意げに応えるフランと、旅の辛さを思い出して苦い顔をするミスティ。そんな二人の様子を見て、アスランは思い切り笑い声をあげる。
「ははは!この胆の据わった子供たちは確かにティアンナの妹達のようだ。面白い。いいぞ、お前たちの姉に会わせてやろう」
「「ありがとうございます!」」
王の言葉によって、双子達に喜色が花咲く。きゃわきゃわと嬉しそうに手を取り合う少女達を、穏やかな笑顔で見つめると、アスランは使者へと向き直った。
エドワードは真っ直ぐにアスランを見つめている。その澄んだ湖水のように美しい翠玉の瞳には、恐れも威嚇も感じない。だが何か強い感情が、その瞳の奥にあるようにアスランは思えた。
「……まだ名を聞いてはいなかったな。名を名乗る事を許す」
王者の威厳を持った重々しい声音が頭上に降り注ぐ。しかしそれにも使者の顔色は何一つ変わらなかった。
「エドワード・ペンクロフト・ラーデルスと申します」
「ラーデルス……確か王兄だったか。くくく……王の兄が使者で来るとはな」
アスランは皮肉気な笑みを浮かべてエドワードを見据えた。ラーデルスの王位争いの一端を聞いているのだろう。
一方のエドワードは、アスランの挑発的な嘲笑を受けても、その表情は変えない。
彼は王族の一人としてトラヴィスへやってきた。実際は王族の地位を返上し、ハノーヴァー公爵の身分をいただいているのだが。
しかしトラヴィスとの交渉の場においては、王族の地位のままでいた方が、相手もエドワードを侮れないだろうという事で、身分についての詳細は省いたのだ。
王位を逃した王子の地位が現在なんであるかなど、この異国においては誰も興味がないだろう。エドワードは、ラーデルスの王族としてトラヴィスで遇された。
「ラーデルス国王からの書状、確かに受け取った。……だがすぐには返事は出来ない。暫しこの国に滞在してもらうことになるが、構わないか?」
「勿論でございます、王様。お気遣い感謝いたします」
エドワードは感謝の言葉と共に、深く頭を垂れた。
「フランシーヌ、ミスティリア。お前たちも王宮に滞在することを許す。姉との時間をゆっくりと過ごすが良い」
「「はい!」」
こうして使者としてエドワードは、国王アスランとの謁見を滞りなく終えた。




