2章66話 エドワードの協力
トラヴィス王国、首都ヴィシュテールの街──その中の商業区の一角。
一人の眼鏡をかけた女性が、小さな来訪者に対して怒りをぶつけていた。
「やっと来たわね~!このおてんば娘たち!めっ!」
気の抜けるような声で叱っているのは、ラティーファ・アンジュ・ポワーグシャー。叱られているのは彼女の双子の妹、フランシーヌとミスティリアである。
ラティーファは危険な事をしでかした妹達を反省させるため、眼鏡の奥で必死に怒った表情を作っているが、元々の性格が穏やかな為、あまり怖くはない。
「だってぇ……」
「だってじゃありません!お父様やお母様が心配するでしょう?」
エドワード一行に連れられて、トラヴィスの王都ヴィシュテールにあるチャンセラー商会に双子達はやってきていた。今は商会の事務所の中にいる。
エドワードは出された茶を飲みながら、彼らの様子を黙って見守っていた。
結局エドワードは双子達をチャンセラー商会まで連れてきたわけであるが、元々彼はラーデルス王国からトラヴィス王国に来るに際して、チャンセラー商会の助けを得るつもりであった。勿論その事は相手側も承知の上である。
ラティーファはエドワードに向き直ると、丁寧に礼を尽くした。
「エドワード殿下。妹達をここまで連れてきてくださり、ありがとうございました。本当に助かりましたわ」
ポワーグシャー家の三女であるラティーファは、エドワードの事情に通じている。しかしここではあえて彼を王族として接した。
彼が使者としてここにいる理由を、ロヴァンスから商会を通じて既に聞いていたからだ。
「いや、構わない。ラティーファ嬢、こちらこそラーデルスでは世話になった。あれから国境沿いの整備も幾分か進んでいる。皆あなた方のおかげだ」
「いえ……普通に仕事をしたまでですわ」
ラーデルス王国が新体制になり、エドワードの領地、国境沿いの地域は外交上最重要拠点となるためその整備が進んでいる。
ラティーファはチャンセラー商会のトップとして、交通の面や商業の面でエドワードと面識があった。
そんな風に大人同士で難しい話をしていると、フランとミスティが不満げな顔をして嘴を挟む。
「……ティアンナ姉さまの事はみんな心配じゃないの?」
双子の言葉にラティーファの表情が曇る。
いくら国の為の結婚とはいえ、ティアンナは彼女達にとっては実の姉妹だ。敵国に嫁がなければならない状況が心配なのはラティーファにとっても同じなのであろう。
それに心配なのはティアンナの事だけではない。まだ双子達には伝えていないが、ジェデオンの事がある。昨晩血塗れで商会へとたどり着き、なんとか一命を取り止めて今は眠りについているのだから。
「……それは……」
ラティーファがどうやって話を切り出そうと思い悩んでいると、双子達は目に涙をたっぷりと溜め、今にも泣きだしそうだ。ラティーファは言葉に詰まった。
姉としてはその願いを叶えてやりたいが、妹を危険に晒す選択はできない。
双子達を前に躊躇しているラティーファに対し、横でそのやり取りを見ていたエドワードが、ティーカップを下に置き声を掛けた。
「姉に会わせてやればよいではないか。この子達は命がけでティアンナ嬢に会いに来たのだ。その望みくらい叶えてやるのが我々大人の役目だろう」
すっかり双子達の兄として、その面倒見の良さを発揮したエドワードが彼女達に優しく微笑んだ。
「エド兄さま!」
双子達は神を崇拝するかのようなキラキラとした目つきでエドワードを見つめている。しかしラティーファはため息を付くばかりだ。
「でもまだティアンナとの繋ぎが……それに今は……」
トラヴィスの後宮へは基本、異国人は入れない。ティアンナの嫁入りの際にも、お付きの侍女としてロヴァンスから連れていくこともできなかった。いまだ特務の繋ぎがつけられていない状況だ。
それに昨晩の出来事もある。今この街がどんな状況に陥っているのか、特務の隠れ蓑であるチャンセラー商会の長であるラティーファさえも、分からないのだ。
だがそんな不安を払拭するかのように、エドワードは鮮やかな笑みを見せた。
「そんなものどうとでもなる。私に任せておけ」
驚く周囲をよそに、エドワードはそう自信たっぷりに言ったのだ。




