2章64話 街の噂
エドワード達がヴィシュテールの街に入ると、早朝にもかかわらず、街は賑やかさを通り越して、物々しい雰囲気となっていた。
「何かあったんですかね?」
ユリウスが視線を険しくして、辺りを警戒している。
街には多くの兵士が闊歩し、人や物を念入りに取り締まっているようだ。その険しい表情を見るに、かなり深刻な様子が窺える。
「いつもこのような感じなのか?ヴィシュテールは」
エドワードが同行しているチャンセラー商会の人間に問うた。
「いえ……いつもはこんな風ではないのですが……」
フランとミスティの双子と道中一緒になった為、ここに来るまでの間に商会の案内役がエドワード一行に付いてきていた。だがその案内役の者も予測していない事態が、この街で起きていたようである。
「なんだか怖い感じだね……」
「うん……」
双子が怯えて、エドワードの影に隠れるようにして歩く。
「大丈夫だ。すぐに姉君の所に到着する。それまでの辛抱だ」
エドワードがしっかりと双子達の肩を抱き、彼女達を励ます。
「あ、なんか人が集まってますよ?ちょっと見てきます!」
ユリウスが街中の人だかりに気が付き、情報収集の為にそこへ向かう。エドワードや他の者達も気になったので、共に行くことにした。
────────────────
石畳の敷かれた広場に、多くの人々が集まっていた。その中央に、高々と掲げられた看板。皆仕事の手を止めて、そこに書かれた内容を食い入るようにして見ている。
「ちょっと、すみません!通して!」
ユリウスが人混みを掻き分けて、前へ進んだ。
「本当に大丈夫なのか?」
「戦が始まらないといいけど……」
人混みを描き分ける中で聞こえるのは、街の人々の戸惑いの声。
戦というその言葉に不安を感じながら、ユリウスはそこに書かれている文章を読んだ。そこに書かれていたのは──
『国王アスラン・ハウルク・タゥラヴィーシュは、ロヴァンス王国の姫君を妃に迎え、これを唯一の正妃として遇する。婚礼の儀式は次のタゥラの祝日に行うこととする』
「これって……」
「ティアンナ嬢が正式に第一位の妃になる……ということだな」
「エドワード様……!」
ユリウスの後に付いてきたエドワードが、表情を険しくしながら呟いた。
「でも、これって民にとったらおめでたい事ですよね?街の物々しい雰囲気とそぐわないような気が……」
「あんたら、外から来た人かい?」
「え?えぇ」
ユリウスの素朴な疑問を耳にした街の者が、声を掛けてきた。人の好さそうな恰幅のいい男性である。
「なら仕方ねぇな。今この街は、おかしな殺人者が闊歩しているっていうからよ。み~んなピリピリしてるんだ」
「殺人者?」
不穏な言葉に、エドワード達は身を固くした。
「あぁ、なんでも後宮の女達を襲って、街でも多くの人間を殺したんだってよ。つい昨日の晩のことだ」
「それは……」
エドワード達は顔を見合わせる。彼等は道中立ち寄ったルシュタールの街でも、人が殺されていたのを目撃していたのだ。
すると男は声を潜めて、とっておきの話だと言って街の噂を語り始める。
「ここだけの話だが……裏でロヴァンスのお妃様が、糸を引いているんじゃないかって」
「そんなはずはっ……!」
「しっ……!」
反論しようとする双子を、エドワードが抱きかかえて制する。ここで騒ぎを起こせば、余計混乱を招き、あらぬ疑いを掛けられかねない。
「妃を殺して、自分が一番になって、いずれこの国を乗っ取る為に戦を仕掛けるんじゃないかって、もっぱらの噂だよ」
男はエドワード達の動揺に気が付いていないのか、噂を話し終えた所で満足したようだ。その場を離れ、また同じ話を別の者に話して回っている。
「エドワード様……」
「……あまり良くない流れだな……」
「えぇ……真実がどうであっても、このままでは……」
──戦が始まるかもしれない──
彼らの行く先に、暗雲が立ち込めようとしていた──




