2章61話 鳥籠で迎える朝
「ん……」
窓から差し込む光の眩しさに目が覚める。
半身を起こすとさらりとシーツが肩から滑り落ちた。
「あ……」
アトレーユは衣服を身に纏っていないことに気が付く。
そして昨夜の出来事を思い出した。
荒々しい息遣い、雄々しい身体──アスランの褐色の指先が、鋭さを増す眼差しとは裏腹に、優しくこの身に触れていた。
「っ──」
思い出すのはつらい──しかし最後までの記憶がない。
それでも自身の身に何が起きたのか、ちゃんと知っておきたかった。
昨夜──あのナイルの襲撃があった後、自分とナイルの関係性に怒りを露わにしたアスランは、その責を問うようにしてこの身体を求めたのだ。
衣を剥がされ、直接肌に触れられた。アスランからの行為に感じるのは、恐怖だけであったが、以前の時とは違い、その手つきは優しくこちらを気遣うようだった。
それでもアトレーユにとって、心を寄せる相手はアスランではない。いくらアスランが優しく彼女を快楽へと導こうとも、心と身体は別なのだ。
アスランの手の感触がまだ体に残っているようで、アトレーユは自らの身体をきつく抱きしめた。
「……」
じっとそのまま動かずにいると侍女が部屋に入ってきた。
「あぁ、起きられたのですね。……体は大丈夫ですか?」
侍女の言葉に、胸がずきりと痛む──
何も答えられずにじっと黙っていると、侍女はニコリと笑顔を向けて、アトレーユの世話を甲斐甲斐しく焼いた。
「昨夜は王様がおられてよかったですね。私たちも恐怖でどうにかなりそうでした。あの後も王様がアトレーユ様の側におられたとか。アトレーユ様の事が本当にお大事なのですね」
侍女はテキパキと動きながらも、その口は滑らかだ。
昨夜のアスランとアトレーユの仲の良い様子に、彼女達はとても嬉しそうだった。ナイルの一件があった後の出来事を知らないのだから仕方ない。
「先に湯あみをなさいますか?」
「……いや……一人でいたい気分だ……体を拭くだけでいい」
「畏まりました」
侍女はアトレーユの気持ちを汲んで柔らかく微笑むと、すぐにその準備に取り掛かる。
まだ日の高くない時の、涼しい風が肌を撫でていく。
シーツだけを身に纏い、アトレーユは窓辺へと歩を進めた。
丘の上に建てられた後宮から、ヴィシュテールの街が一望できる。
抜けるような青い空には大きな鳥の黒い影が、悠然と舞っているのが見えた。
「……鳥は自由だな……」
あれくらい力強く羽ばたける鳥ならば、ロヴァンス王国まで飛んで行けるだろう。
想いを馳せるのは祖国の事だ。
ナイルの件は結局、アスランにどう捉えられたのだろう──
「戦など何も生みはしない……どうしてトラヴィスはロヴァンスの地を欲しがるのか……」
「……それは我が父が貪欲だったからさ」
「!?」
突然後ろから声を掛けられて、驚きに肩がはねる。
「よく眠れたか?」
「アスラン様……」
「……そうして窓辺に佇んでいるとまるで女神のようだな。今にも神々の世界に帰ってしまいそうだ」
流れるシーツの隙間から、アトレーユの白く美しい背中が覗いている。それをなぞるようにして抱き寄せられる。
「迎えに来たのが少し早かったか。準備が出来たら朝食をとって外へ出よう。仲直りだ」
「……仲直り……」
その言い回しに不安げな表情をしていたのか、眉を下げて笑ったアスランが額に接吻を一つ落とした。
「そう不安にならなくてもよい。昨日は私も突然の事で気が動転していたからな。お前が心配するような事は起こらない。……ただ私はあのナイルという男に興味がある」
「……ナイルに?」
どういうことかわからなくて見上げると、穏やかな表情の中にも真剣さを窺える瞳と視線がぶつかった。
続きを聞こうとしたが、侍女が戻ってきた為に言葉を掛けれなかった。
しかしアスランの存在に気が付いた侍女達は、慌てて用意した物だけを置いて部屋から出て行ってしまった。
アスランはそれを見て状況を理解したようだ。ニヤリと笑うと、背中に回した腕を更に引き寄せる。
「……なんだ風呂がまだなのか?どれ、私と一緒に入るか」
「…………私は賭けに勝ったはずでは?」
その冗談に思わず睨んで文句を言うが、アスランは聞いてはいない。
「それとは別だ!さあ行くぞ」
どこか楽し気なアスランにシーツのまま担がれて、アトレーユは部屋から連れ出された。




