1章24話 王女の提案
王城の広い居室で、ノルアードとラスティグは二人だけで話していた。
勅命が下された後、すぐに事件の話し合いは頓挫し、皆はその対応に追われた。ノルアード王子たちも、国王陛下に目通りを願い出たが結局叶わず、国王の真意は判らずじまいだ。
ノルアード王子は机に肘をついて頭を抱え込んでいた。王太子の地位を白紙に戻され、落胆している様子だ。その横では騎士団長のラスティグが王子を慰めている。
「国王は一体何を考えているのだ。これではまた、立太子の件で争いが始まってしまう」
苦々しい表情で呟いたノルアードに、ラスティグは自分の考えを述べた。
「今回の誘拐事件の事で、王女殿下の身の安全を憂慮されたのだろう。ロヴァンス王国と戦になっては、我が国には勝ち目はないからな」
騎士団長と思えない弱気な発言だが、それは両国の現実を正確に表していた。
そんな騎士団長を王子は恨めしそうに見上げ、ふと窓の外に視線をやった。
「これで次期国王の座が遠のいてしまった。ここまで来るために、どれだけの犠牲を払ったか……」
そういうとノルアードは、握りしめた拳で机をダンっ!と叩いた。
すっかり冷めてしまった紅茶の残るティーカップが、ガチャンと空しく音をたてた。
力を入れすぎて白くなった拳が、わずかに震えている。それを睨むように見つめる彼の瞳には、深い哀しみと憤りの色が差していた。
そんなノルアードの様子を痛ましく思いながら、ラスティグは王子を励ました。
「まだ終わったわけじゃない。王女殿下を味方につけてしまえばいい。相手からこちらを選ばせるんだ。ノルアードならできるだろう?」
ノルアードは人を操るように立ち回るのは得意である。にこやかに隙を見せず、爪と牙を隠しながら、相手を思うように誘導するのだ。幼い頃からノルアードを見ているラスティグは、そのことを知っていた。
しかし王子は少々呆れたように自分の義兄弟を見やると、王女についてこう語った。
「お前は簡単に言うが、彼女は相当頭がいい。色仕掛けや目先の損得で動くような人間じゃない。あれは人の上に立つ人間だ。それに……」
とここでノルアードは言葉を切った。少し考えこむような表情である。
「正直彼女がなぜこの婚約話に承知して、ラーデルスに来てくれたのかわからない。この婚約はロヴァンスには断られても仕方がないと思っていたが……国の為といっても彼の国にとって、この婚約はあまり益はないだろう」
王子の脳裏に、銀色の髪と紫の瞳をもった美貌の剣士の姿がちらつく。自然と眉間にしわが寄るのを感じた。
「……あのポワーグシャー家の息子であるアトレーユなら、キャルメ王女の降嫁を賜ることも可能だったろうに。彼らがラーデルスに何を求めて来たのか、それがいまだにわからない」
王子の言う通り、キャルメ王女とあのアトレーユという騎士は、誰が見ても想い合った二人のようにみえる。アトレーユの出自を考えたら、普通に王女を娶ることも可能である。王女も望めば、想う人の元へ嫁げたはずだ。
そう考えると、彼らの目的が何か別であるように思えた。だがその目的がなんであれ、自分たちと利害が一致していれば問題ないのだ。むしろその方が、こちらに協力してもらえるかもしれない。ラスティグは彼らを引き込もうと考えた。
そこまで考えを巡らせたところで、扉を叩く音に意識を取られた。
扉を開けると、そこには騎士団の部下が、緊張した様子で立っていた。
「キャルメ王女殿下から、リアドーネ嬢の捜索に、ロヴァンス王国の騎士団派遣の援助の申し出がございました!」
兵士は早口でそう報告をすると、恐る恐るといったように上司の顔色を窺った。
騎士団長は驚いて目を見開き、部下に言葉をかける前にノルアードの方に顔を向けた。
ノルアードも驚き、椅子から立ち上がった。
王女の思惑がどこにあるのかまだわからないが、王女自ら動きをみせたことに、自分たちの光明を見いだせたような気がした。
「それで……どうされますか?」
団長の言葉を待ちきれなくなって、部下の騎士が声をかけた。この件に関して国王は関知しないのか、王太子の存在しない今は、騎士団長に一任されているようだ。
ノルアードはラスティグに向かって、強い目をして頷いた。
それを見た騎士団長は部下に向き直ると、王女の要請を受け入れると告げた。




