表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
薔薇騎士物語  作者: 雨音AKIRA
第2章 トラヴィス王国編 ~砂漠の王者とロヴァンスの花嫁~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

237/319

2章58話 死地からの脱出


 その狭い路地には、死が溢れていた──


 やってきた男が最初に目にしたのは、とある人物の腹から刃が引き抜かれる瞬間。真っ赤な血しぶきが噴き出し、静寂の中に悍ましい音を散らせる。


 そこに佇むのは、一人の小柄な人物。彼は自らが引き抜いた刃の血をそのままに、ただじっと倒れ伏した相手を見つめている。


 ──それはどこか異様な光景であった。



(あれが……宮殿を襲撃した者か?……だが、あれは……)



 奥で佇む小柄な男を見て、記憶の中にある、とある人物との符合に気付く。しかし男の知っている人物と目の前の人物とは、到底かけ離れた様子であった。


 驚きに動けずにいると、その小柄な男は、奥にいる女に声を掛けられて、ようやく意識を取り戻したかのように動いた。



「行きましょう、ヒューローイサエルが待っているわ」


『……』



 無言で頷く小柄な男。しかしその瞳に光はない。


 ──虚ろな闇。


 それを目の当たりにして、男は背筋が凍るような思いがした。


 やがてヒューローと呼ばれた男とその女は、夜の闇に消えるようにその場から立ち去っていく。


 男は自らの目的を思い出し、彼らの後を追いかけようとしたが──



「ぅ……」



 足元から聞こえる微かなうめき声──


 それは先ほど刺され、倒れた人物の発したものだった。


 そして男はその声に聞き覚えがあった。


 すぐに近寄り、その名を呼ぶ。



「ジェデオン殿!」


「……っ──」



 ジェデオンもやってきた男の存在に気が付き声を出そうとするが、ゴポリと血の溢れる音がしただけだった。



「しゃべらなくていい!すぐに商会へ……!」



 その場に、他に生きている者は一人もいないようだった。


 あるのは多くの死と血の海のみ──


 その中で、男はジェデオンの身体を担ぎ上げると、すぐに彼の命を救うべく安全な場所へと移動を始めた。


 ジェデオンを背負い、狭い路地をひた走る。大通りは使えない。兵士達が大勢走り回り、怪しい者達を片っ端から捕らえているのだ。


 もし兵士に捕まり、今の状態のジェデオンがろくな治療を受ける事ができなければ、その命は無いだろう。


 兵士達に見つからずに、ジェデオンをチャンセラー商会まで連れていく。それが彼の命を救う唯一の手だ。



 まだ生きている──


 それを証明するのは微かな鼓動。


 しかし同時に温かなものが、背中から伝わってくる。



 ──血だ。



 急がなければいけない。


 時間はそれほど残されてはいない。


 男はその大きく屈強な肉体が持つ能力を最大限に活かし、闇の中を疾風の如く駆けていく。


 しかし──



「いたぞ!捕まえろ!!」



 路地の入口付近にいた兵士の一人に見つかってしまった。



「っ……!」



 男は振り返ることなく、路地を抜けていく。


 決してこの街の地形に詳しいわけではない。しかし彼は自らが行くべき場所をわかっていた。


 流れる景色に目もくれず、ただひたすらに風を斬って走る。


 後ろからは複数の足音が、その背を追い駆けるようにして付いてきていた。



(……厄介な……っ)



 普段の男であれば、敵に背を向けて逃げるという選択肢はない。


 しかし今はジェデオンの命を守ることが優先だ。


 襲撃者の後を追えなかったことは悔やまれるが、それよりもジェデオンを失う事の方が大きな損失であることは間違いないのだ。



「お前達は周りこめ!挟み撃ちにしろ!」


「くっ……!」



 兵士の指示に、男は己の窮地を思い知る。このままでは捕まるのは時間の問題だ。そう覚悟したその時──



「――――さん!こっちです!」



 狭い脇道の奥から、男を呼ぶ声がする。


 男はすぐにその声に導かれるようにして、狭い脇道へと入った。普通では通らないであろう、人がようやく通れるほどの狭さ。



「早く!さぁ!」



 真っ暗な闇の中に見えるのは、地面にぽっかりと開いた穴。そこからチャンセラー商会の者と思われる人物が手招きしている。



「助かる!ジェデオン殿がっ……!」


「これは……っ」



 商会の者は、ジェデオンの様子を見て顔を歪めた。しかし己のすべきことをわかっているのだろう。すぐに表情を引き締め、目の前の男に指示を出す。



「ここから地下道を伝って、商会の近くまで行けます。すぐにジェデオン様を商会へ……!」


「わかった!行こう!」



 地の底への入り口を、ジェデオンの身体を抱えながら慎重に進む。その背からは、兵士達の足音が遠ざかっていくのが聞こえた。


 やがて商会の者によって、その穴には金網が元のように戻され、その場は何事もなかったかのような静寂さを取り戻したのだった──




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
i386123 i528335
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ