2章48話 狩り
ひたりひたりと、真っ白な床に赤い血の軌跡を残し、歩いていく。
夜の帳を引き裂くかのような悲鳴が、その軌跡を辿るように響き渡る。
死の叫びを背にして、虚ろな瞳が次の犠牲者を探していた。
「何者だっ!!」
恐怖に怯えた一人の兵士が槍をこちらへと向けてきた。
しかし梟はまるでそれが目に入っていないかのように、悠然とその歩を進めたままだ。
──獲物はこれではない──
一瞥しなくとも梟にはそれがわかっていた。
異様な雰囲気を漂わせるその侵入者に、兵士は怯えながらも攻撃を仕掛けた。
男はそれを見ることもなくあっさりと躱し、その腕を斬りつけ相手の武器を落とす。
「ぎゃあっ」
潰れた家畜のような声でうずくまる兵士をそのままに、梟は歩みを止めない。
彼の興味はその兵士には無かった。
そうして次々と目の前に現れる障害を取り除き、目当ての獲物だけを狙う。
たどり着いた部屋の一つに入ると、その隅で怯えた妃を庇うようにして侍女達が震えていた。
そしてその中にまた一人、見つけ出す。
怯えた表情の裏に、狡猾でおぞましい本性を隠している一人の女。
梟の目は誤魔化されはしなかった。
躊躇いもなく一歩を踏み出し、女の命を刈り取ろうと、残酷な死の刃を淡い光の下に晒す。
空気を揺らすことなく瞬時に繰り出されたその攻撃に、女は素早く対処した。
──キィンッ!──
いつの間にか取り出した短剣が、梟の刃を受け止める。
女の抵抗に、梟は胡乱な笑みを浮かべた。
じわりじわりと、いたぶるように楽しむ。
その行為を楽しいと感じるほどに、梟の記憶は遡っていた。
次々と繰り出される身を切り裂く刃に、女から余裕が消えていく。
「っ──……」
生き延びるための女の必死の抵抗が、その場にいる他の者達を恐怖のどん底に叩き落としていた。
他の侍女や妃らは悲鳴すら上げられず、ただただ震えてうずくまる。
部屋には金属のぶつかり合う音と、瀕死の女の息遣いだけが響く。
梟の興味は、目の前の獲物だけに注がれていた。
斬り刻むのはただの女ではない。
忌まわしい記憶の残滓。
それを目の前から掻き消すその瞬間こそが、彼の求めるものだった。
騒ぎを聞きつけて、廊下の奥に慌ただしい足音が響く。
終わる時を悟り、梟は最後の一手を繰り出した。
「かはっ……っ──!」
それを防ぐ余力も実力もなく、女は男の放った凶刃の前に絶命した。
流れる血の色を満足げに見つめると、梟は踵を返し部屋をあとにする。
次の獲物へと狩りに向かうその男を、誰も止められはしなかった──




