2章42話 アスランの思惑
王宮の自室へと戻ったアスランは、すぐに部下の者を呼んだ。広い居室には大勢の大臣たちも控えていたが、人払いを命じ退室させる。
残ったのは銀色の仮面の男シュウランと、小柄な男のヒラブだった。
「ルシュタールで死んだ者のことは何か分かったか?」
開口一番アスランの関心事はそれだった。
「どうやら当たりだったみたいですぜ。耳の裏に消えかけた奴隷の焼き印がありましたわ。男の足取りを調査したんですが、関係ねぇ隊商に潜り込んで、こっちを追っていたみたいです」
ヒラブの報告に鋭い眼差しのまま頷く。
シュウランは終始黙ったままだ。
「他に似たような奴が四人ほど死んでました。どれも見事な殺し方で、白昼堂々やられたみてぇです。そいつらも全員身体のどこかしらに、古い奴隷の焼き印がありやした」
「完全に目的があって狙いを定めている……」
唐突にシュウランが呟いた。
それを気にせずなおもヒラブは報告を続ける。
「あと花嫁さんを襲った男ですが、路地裏で見つけました。こちらは無事だったようで、喉は潰されちまってたが、生きてます。まぁでもこっちは別のっぽいですわ。見たところルシュケ辺りの民でしょうな」
「わかった。引き続き調査と、この街でも目を光らせておいてくれ」
「へい」
一通りの報告を聞き終わると、アスランは側に控える銀色の仮面の男に向き直った。
「それでシュウラン、ロヴァンスの花嫁が無事に到着したわけだが、お前どう思う?」
アスランは先ほどまでの鋭い雰囲気とは打って変わって、口元ににやけた笑みを浮かべている。シュウランは全く表情を変えずにそれに返答した。
「王もお人が悪い。あれがポワーグシャー家の娘だと知ってそのようなことを……どちらにしろ囮としてまだ生き延びているのなら、それはいい事でしょう」
シュウランが感情の波を荒立てない様子を見て、アスランは少しだけ不服そうな様子をした。シュウランにとって、ポワーグシャー家の名はある意味禁忌であるはずだ。
「模範的な回答だな。……だがあれを私が手放す気が無いといったらどうする?」
挑戦的な目で銀色の仮面の奥を射抜く。しかし仮面の奥の氷のような淡い水色の瞳は、その本心を映し出しはしなかった。
「王が望むというのなら御心のままに……」
恭しくお辞儀をするシュウラン。横で聞いていたヒラブのほうが不満げな顔をした。
「ロヴァンスの花嫁がこのままここに残るだなんて……」
「残る残らないどちらにしても、後宮の警備は厳重にしてくれ。私がいない時は特にな。獲物を釣り上げるまでは、生きていてもらわねばお前も困るだろう?」
「……へい」
アスランはヒラブの機嫌をうまい具合に転がしながら、警備体制についても事細かに指示をだした。
「近いうちに花嫁を連れて街へ出るからそのつもりでな──」
アスランのその言葉が何を意味しているのか。
シュウランとヒラブは重々しく頷いた。




