1章22話 アトレーユの考え
一方その頃、キャルメ王女達は、王城の居室で軟禁状態を強いられていた。
「これいつまで続くんですかね?」
そうぼやいたのは護衛の一人、アトスである。
「さぁ?まるで犯罪者扱いだよな?」
もう一人の護衛のセレスが、アトスに続きしゃべりだす。彼ら兄弟は、暇をもてあましているようで、先ほどからおしゃべりばかりしている。
一方ガノンは難しい顔をして、ずっと黙っている。あえて余計なことを考えないようにして、警護に集中しているようだ。
アトレーユはそんな彼らを宥めるでもなく、考え事をしている。
「アトレーユ?どうかした?」
キャルメ王女に呼ばれて、やっと深い考えから引き戻されたアトレーユは、しばし逡巡したのち、その考えを述べた。
「今回の出来事を整理してみようかと…複雑に絡み合っていて少々厄介ですので……」
眉を顰めて、アトレーユはそう言った。扉の外には一応、ラーデルス王国の見張りの兵はいるが、幸い扉は分厚く、小声で話せば簡単には声は漏れない。
王女はアトレーユに頷くと、ちらりと他の護衛たちに視線の合図を向けた。
護衛達はすぐに何のことかわかったようで、さらにペチャクチャと世間話や愚痴を話し始めた。これで内緒の会話が外に漏れることはないだろう。
「まず事の発端は、ラーデルス王国の世継ぎ問題です」
ラーデルス国王には4人の王子がいたが、現在は3人である。第2王子サイラス、第3王子エドワード、第4王子ノルアード、彼らは皆母親が違う。
「第1王子は幼い頃に死亡したという話です。しかしこれはどうやら、暗殺だったようで、その犯人として挙げられたのは、サイラス王子の母親でした」
キャルメ王女はなるほどとうなずいている。他の護衛たちも、話が漏れないように世間話しながらも、しっかり側耳をたてているようだ。
「しかしここで何か変だとおもいませんか?第1王子の死亡は、かなり昔の出来事であったはずなのに、サイラス王子の母親の件が表沙汰になったのは、最近になってからなのです。そして彼女は断罪されるよりもずっと昔に亡くなっている」
その言葉に他の者たちも、あっと気づいて、同じく違和感を覚えたようだ。アトレーユはそのまま続ける。
「考えられる要因は、サイラス王子を王太子の座から遠ざけること。第1王子亡き後は、年長のサイラス王子が最も有力な王太子候補だったはずです。となると怪しいのは、エドワード王子かノルアード王子だ」
アトレーユは表情を険しくして、じっと話を聞いているキャルメ王女を見つめた。
「この時、ノルアード王子はまだ、その存在が周りには知られておりません。そして同時期に、エドワード王子も金銭の問題で、同じく失脚しています。その後、国王が病気で伏せると、突然現れた第4王子が立太子した」
「なんだかとても急な感じがするけど……つまり一番怪しいのはノルアード様ということ?」
表情を曇らせたキャルメに、アトレーユは胸を痛めた。
「病床で国王がノルアード様の存在を明らかにされたとか…。その後、騎士団長の父親、ストラウス公爵の指揮のもと、立太子が取り付けられたようです」
「確か、ノルアード様と、ラスティグ様は義兄弟よね?ストラウス公爵が、幼い王子を養子にしたとか」
「えぇ……ですが先日の茶会で話されていたように、実の兄弟であるという噂もあります……確かではありませんが……あの二人には何かあるように思う」
キャルメ王女はアトレーユの言葉に、黙ってしまった。護衛達も王女の様子を心配そうに眺めている。
「ノルアード様が立太子された後、彼自身がロヴァンス王国の姫を妃に迎えると言い出したそうです。きっと、王太子としての地位がまだ強固なものではないので、ロヴァンス王国の姫を娶ることで、その地位を確たるものにしようとしたのでしょう。しかし、これをよく思わなかったのは、ラーデルスの貴族や他の王子たちです」
ラーデルスでは貴族の娘は全て、国王の妃となれる可能性がある。しかもそれはかなりの人数に及び、世継ぎを産めば、正妃も夢ではない。
「国境沿いで我々を襲ったのも、そういった貴族や王子が裏で手を引いていたのではないかと、我々は考えています。ですが、今回の国王の勅令によって、立太子の条件にキャルメ様との婚約が必須とされたので、表立っての危険はなくなるでしょう」
「……そうだと良いけど……」
キャルメ王女はそうつぶやくと、視線を床に落とし、申し訳なさそうな顔をした。
「今回は私のわがままで、皆を付き合わせてしまってごめんなさい。ラーデルス王国に来たいと無理を言わなければ、こんなことには……浅慮でした」
そういって、いつもは弱い面を一切見せない王女が、頭を下げた。どうやら、ナイルやリアドーネの事が心に刺さっているようだ。
「ナイル達はきっと大丈夫です。手紙が送りつけられた様子からみて、同じ犯人でしょう。それに、ナイルはただ捕まっただけではないのですよ?」
落ち込む王女にむけて、アトレーユはニヤリとした含み笑いをして、懐からあるものを取り出した。




