2章32話 ルシュタールの惨劇
「ティアンナ!どこだ!」
ティアンナとはぐれてしまったアスランは、その名を呼びながら大通りの人だかりを抜けようとした。
しかし混乱した人々の波に遮られて、思う様に身動きが取れずにいた。
「くそっ……!」
いまだ騒ぎは収まらない。
アスランは周囲を見回した。後ろの方の人だかりが少しだけ途切れ始めている。その先に見えたもの──
────血────
「っ──」
目の前の異常な光景に視線を鋭くし、やおらそこへ近づく。
──商人風の男が血を流し倒れていた。
アスランはすぐに、倒れている男が商人ではないことに気が付く。剣を握る者独特のタコが、その手にはあった。
首を斬られたのだろう。見事な切り口だ。それは相手を殺す為に磨き抜かれた剣の技──鮮血が周囲を真っ赤に染め上げていた。
「……まずいな」
こんな状況でティアンナとはぐれたことに、アスランは歯噛みした。
この男を殺した者がまだ近くにいるのだ。すぐにティアンナを見つけなければ。
再びティアンナを探す為に振り返ろうとしたその時。通りの先に見えた人物に、アスランは瞠目した。
鳩羽色の衣を纏った男──男の衣の裾には鮮血が飛び散っている。
得物を隠すかのようにその衣をしっかりと閉じ、そのまま男は遠く路地の奥へと消えていく。
男が見えなくなる一瞬、その視線がアスランと交わった。
「──っ!あれは……!」
その目には覚えがあった。
鋭く、そして虚ろな闇。
遠い遠い昔。
幼い頃の自分は確かに見たのだ。
あの梟のような恐ろしい目を──
無意識のうちに男を追いかけようと身体が動く。
もはやティアンナの事は頭にはなかった。
アスランは男の消えた路地へと一人向かった──




