2章31話 追跡者
砂漠の街に突如上がる悲鳴。
「きゃぁぁあ!」
「うわぁっ!!」
多くの人々が行きかう通りだ。一体なにが起こっているのかわからない。
次々と起こる悲鳴に混乱は広がっていき、逃げようとする群衆がアトレーユ達を襲った。
「ティアンナっ!」
アスランの呼ぶ声がざわめきの中に消えていく。
突然押し寄せた人の波によって、アトレーユはあっという間に流されていった。
通りの広さに対して人の数が多すぎる。流れに逆らえず、アトレーユはアスランと完全にはぐれてしまった。
しばらくそのまま人の波に揉まれ、大通りを随分と流された。なんとか脱出できたのは、通りのはずれにある小さな裏通りの入り口であった。
このまま大通りに戻るにしても、未だ人の波は激しく、とても進めそうにない。それにこれは単独で行動するチャンスでもあった。
アトレーユは決心すると、そのまま裏通りを進んだ。
ようやく人がすれ違えるほどの狭い路地。人々の生活の為の路だ。そこはとても入り組んだ造りをしており、下手に進むと迷ってしまいそうだ。
進むべき方向を考えながら歩いていると、暫くして後ろから気配を感じた。
(誰かつけてきている……?)
──アスランの足音ではない。
アスランは革製のサンダルを履いていて、靴底は木でできている。
後ろの人物の足元は布で覆われたものであろう。足音がしないように気配を消しているのがわかる。
アトレーユはヒヤリとした汗が流れるのを感じた。
今、手元に武器はない。そしてこの狭い路地。できるだけ怪しまれる行動は避けたいところであるが、自分の身が危険に晒されている状況ではそうも言っていられない。
アトレーユは後ろの人物との距離を気配で感じながら、頭を動かさずに視線だけを素早く巡らせた。
向かう先にはいくつにも分かれた路。そして路を囲う家屋の出入り口があり、その前には生活用具がいくつか置いてある。
何も気が付いていないフリをしながら、そのまま真っ直ぐ進む。
途中そこの住人であろうか。老人が籠を抱えて家に入っていく。
避けるようにしてその脇をすり抜け、扉を閉める音が後ろから聞こえてきた、まさにその時──
(──来た!)
つけてきた後ろの人物が、距離を詰めるのを感じた。
相手が武器を持っているかどうかはわからない。
アトレーユは後ろを振り向かず、一気に駆け出した。
後ろの人物が舌打ちをするのが聞こえた。
騎士として鍛えた足で、入り組んだ路地を駆ける。
一瞬の迷いも許されない。
足と思考を止めずに、流れる景色の先に追跡者を撒く為の手段を探す。
走りながら、路地の積荷を横切る際に倒していく。
籠の中の果物だろうか、ばらけ落ちると共に路地裏に罵声が響いた。
同じようにして路地脇にある物を、通り過ぎるたびに次々と倒していく。
倒れた荷が邪魔をして、追跡者の足止めになったようだ。
アトレーユは口元に笑みを浮かべつつも、速度を緩めることなく路地裏を駆ける。
いつまでもこの狭い路地にいられない。
追跡者との距離は少し開いたが、完全に撒けるほどではない。早く人目のあるところに行かなければ危険だ。
道をいくつか曲がり出口を探す。
しかし知らない異国の地。中々出口を見つけることができないでいるうちに、追跡者が再び距離を詰めてきたようだ。
アトレーユは追手を撒こうと再び角を一つ曲がった。
「っ──」
しかしそこは行き止まりがあるのみだった。
追跡者はすぐそこまで来ている。戻っては鉢合わせてしまう。
慌てて左右を見回す。
二階建ての家屋、窓は高い位置にしかなく、足の掛けられそうな所もない。
完全に逃げ場を失ってしまった。
思わず腰に手をやる。
だが騎士としていつもそこにあった剣はない。
アトレーユは唇を噛み締めた。
兄の言葉が頭をよぎる。
──女としての戦い方も必要だ──
アトレーユは胸元に手をやった。
その時、路地を曲がってきた追跡者が姿を現した──




