2章29話 砂漠の街へ
花嫁を連れた一行は、荒野のオアシスを出てトラヴィスの王宮を目指していた。目の前に広がる景色は、ロヴァンスともラーデルスとも全く異なっている。
一面に広がるのは広大な砂地。それが巨大な波のようにうねっている。黄ばんだ太陽の光が影を作り、波に不思議な模様を作っていた。
「──これが砂漠……?」
アトレーユは驚きの声を上げた。するとすぐに楽しそうな声が背中から聞こえてくる。
「そうだ。お前たちの国にはないだろう、この砂の海は」
アトレーユの後ろで手綱を握るアスランが答えた。二人を乗せているのは、砂漠を渡るための家畜だ。背中にこぶがあり、変わった形の鞍をつけている。砂漠を渡るのに適した動物で駱駝というそうだ。
「砂の海……海もこんな感じなのか──」
アトレーユの言葉にアスランが驚いたような表情をした。
「なんだ、海も見たことがないのか」
「……王都からかなり離れてますから」
アスランの呆れたような声音に、少しだけ不満げな答えになってしまった。
「はは、そうむくれるな。本物の海なら少し遠いが河を下って南東へ行けば見られる。いつか連れて行ってやろう」
アトレーユがトラヴィスで目にするもの、その一つ一つに驚きと感嘆の声を漏らす度、アスランは嬉しそうにそれらを説明していった。彼がこの国の王で、ロヴァンスと敵対していることを思わず忘れてしまいそうになる。
暫くはそのように会話しながら、延々と続く砂漠を進んでいった。朝早くに出立し、そろそろ日が高くなってきている。
上からの日差し以上に、地面からの熱がすごい。そのまま砂地を素足で歩けば、あっという間に火傷してしまうだろう。一行には徒歩の者もいるが、そんな彼らの足元は布と皮でできた長めの靴で覆われている。あれで熱と砂が入るのを防いでいるようだ。
「そろそろ休憩しなければ。昼間は暑すぎて動くのは危険だからな。近くに中継の街があるからそこで一旦休むぞ」
アトレーユにもわかるようにアスランは説明してくれた。
確かにこの暑さでは、太陽の高い時に動くのは辛い。幸い街道にはオアシスが点在しており、そこに街やコロニーが形成されているようだ。そこを中継して砂漠を渡るのだという。
アトレーユ達は砂漠の街へと向かった。
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そこはいくつもの大きなオアシスを中心とした街だった。交易の拠点となっているのか、商店が立ち並び多くの人で賑わっている。
「随分と賑やかなところですね。ここが砂漠の真ん中にあるとは思えない」
アトレーユは驚きながら周囲を見回した。
「ここルシュタールはいくつもの街道の中継点になっているからな。我が国だけではなく、異国の商人たちも多くがここを利用している」
アスランの言う様に、そこは様々な衣装に身を包んだ人々がいた。一見して多様な民族がここに集まっているのがわかる。
ロヴァンスではあまり目にしない光景だ。ロヴァンスはチャンセラー商会が中心となって、各地に拠点となる商店を展開している。商会を通して各地の商品が流通しているので、異国の商人を自国内で見かけることはそうなかった。見かけたとしても個人でやっている流れの者か、遠方からやってきてその途中で王国内を通過していく商人くらいだろう。
ロヴァンスと交易したいものは、わざわざ危険な長旅をしてまで行くよりも、商品が少し割高になったとしても、その地にある商会と取引するほうが格段に安全で総合的には安いのだ。
そしてロヴァンス側としてもチャンセラー商会のもう一つの目的のためには、拠点となる場所を各地に確保することは、重要なことであった。
「せっかくなので街を見てみたいです」
アトレーユはアスランにそう告げた。トラヴィスとはこれまで交易がほぼなかったが、今回の婚姻を機にチャンセラー商会がすでに拠点を構えているはずだ。
「……そうだな。宿についたら一緒に出よう。……この街で一人歩きは危ないからな」
こちらの思惑をわかっているのか、アスランはアトレーユの銀髪を指で梳きながらそう言った。
もとより一人で出歩けるとは思っていない。しかし抜け目のなさそうなアスランと一緒では、チャンセラー商会の者とつなぎをつけるのは難しいかもしれない。それでも少しでも街の情報を仕入れておきたかった。
アトレーユはアスランの言葉に素直に頷きながら、これからのことを考えていた。




