2章26話 山頂での出会い
「うっぷ……」
「あぁ~我慢してください、我慢してくださいって!ほら、あのちょっと道幅が広いところでなら停まれますから!」
ユリウスがエドワードに必死で声を掛ける。彼らはすでにロヴァンス王国内に入り、そしてまたトラヴィス王国へと国境を越えようとしていた。
「あぁ……目の前がグルグルするー……」
それほど整備されていない山道を、荷馬車でなんとか来ているのだ。こういった揺れに慣れないエドワードにとっては、気分が悪くなっても仕方のないことだった。
ユリウスは道が広くなっている所で馬車を停めた。後続の馬車に道を譲る為だ。
「大丈夫かー?こっちも山頂辺りで休憩するから、そこで待っているぞー!」
ユリウス達の様子を心配した他の馬車の御者が声を掛けてきた。ユリウスはそれに手を振ると、エドワードを馬車から降ろし背をさする。
暫く休んで、エドワードは大分落ち着いたようだった。
「私はここからは歩いていくからな!もう馬車には乗らん!」
「あぁ、その方が良いかもしれないですね。この道では馬車も速度は出せないですし」
よほど揺れが酷かったのだろう。エドワードは憤然として馬車を睨みつけている。
そろそろ出発しようかという時、エドワードが街道脇の茂みに何かを見つけた。
「おい、ユリウス。あれは何だ?」
エドワードが指さす先を見ると、茂みの奥に隠れるようにして黒い塊がうずくまっていた。
「あれは……?」
ユリウスが恐る恐る近づくと、その黒い塊は逃げるような仕草をした。しかしうまく動けないようである。
「……犬だ。──あっ!怪我をしている!酷い……」
灰色と黒色の長い毛の大きな犬だ。背中には矢が刺さっていた。大分衰弱している。
「何っ?」
エドワードはユリウスの言葉に駆け寄ると、その犬を覗き込んだ。
「どうやら訓練された飼い犬のようですね……。それにしても何でこんなところに……」
「よし!ユリウス馬車に運べ!」
エドワードは何の前置きも無しにそう言った。
「えっ!連れて行くんですか?」
「連れて行かないのか?!可哀そうだろ!このままでは死んでしまう!」
エドワードがユリウスの発言に驚愕して、必死に反論した。
「いや……そうですけど……」
「怪我の治療の出来る者なら誰かいるだろう。幸い色んなものを積んできているからな。薬の一つや二つくらいあるはずだ」
先ほどまであれほど馬車を嫌がっていたというのに、今は早く早くとユリウスを急かしてくる。
そんなエドワードに対して苦笑を漏らすと、ユリウスはうずくまる犬に声を掛けた。
「……俺たちと一緒に行くか?」
こちらの言葉がわかっているのか、その犬は返事をするように弱々しく吠えた。何とかその大きな体を馬車に乗せ、出発する。
エドワードは文句も言わず馬車に乗り、犬を抱えるようにして宥めていた。
「犬……好きなんですか?」
ユリウスが聞いた。エドワードがその犬を本気で心配しているのがよくわかる。
「好きだ。……子供の頃、仲の良かった庭師が飼っていたんだ……もう今はいないが……私の初めての友達はアイツだったな……」
昔を思い出しているのか、エドワードは遠くを見つめるような優しい表情をした。その様子を見て、ユリウスは益々彼が好きになった。
エドワード本人を知るまでは、全く逆の人物像を思い描いていたのだ。
だが本当のエドワードという人は、とても繊細で、優しい人物だ。王子という仮面を脱ぎ捨ててからというもの、エドワードはその内面をユリウスに隠そうとはしない。
(今まで随分と無理をしていたんだろうな……)
傍から見れば王子としての地位を無くしている今の方が、辛い状況のようにも思える。しかし今のエドワードは、とても生き生きとして幸せそうに見えた。
ユリウスはこうして彼の下に仕えることを嬉しく思いつつ馬車を走らせた。




