2章23話 微睡(まどろみ)に堕ちて
力強い腕に抱かれながら、アトレーユは目を覚ました。肉体的にも精神的にも疲労が溜まっていたため、馬上でそのまま眠りに落ちたのだ。
「起きたか。随分眠っていたな」
後ろから声を掛けられる。すでに日は昇り、日差しが強く差していた。
「……ここは……?」
はっきりとしない頭で、周囲を見まわすために身体を起こそうとした。しかしアスランの逞しい腕がそれを制する。
「山は越えた。もうすぐ中継地につくから、そこでしっかりと休むがいい」
背中越しに低く響く声が、魔法のようにアトレーユを再び眠りの世界へと誘う。
微睡の中で思い出される故国との別れ。最後に見た友の姿。全てが夢であったらいいのに。そう願いながらアトレーユは再び夢に堕ちていった。
アスランは眠りについたアトレーユの頬に、一筋の涙が流れるのを見た。手で優しくそれを拭う。自分の為に流した涙ではないと分かっていても、何故だか心が痛むような気がした。
そんなアスランの様子を見て、脇に仕える小柄な部下の男が目を丸くした。
「これは珍しい!よほど王はその娘が気に入ったのですな」
茶化すような言葉だが、彼が本気で驚いているのがわかる。
男は馬上からアスランとアトレーユを交互に見やり、複雑な表情をした。やはり異国の花嫁のことが気に食わないのだろう。
アスランは男の態度に特に気を悪くすることもなく、ただじっと眠るアトレーユの顔を見つめた。
「あれだけ必死の想いで嫁に来られたら、愛しくも思うさ」
たとえそれが夫となる自分の為でなく、故国の為であっても。
ボロボロのドレスと、血と土にまみれた裸足の足で、傷つきながらもこちらに向かって必死に走ってくる花嫁。その姿にアスランは心が震えたのだ。
確かに見た目も美しい女だ。だがそれ以上に、その想いの強さが気に入った。いつかその涙を故国の為でなく、自分の為に流してほしいとさえ思った。
アスランはアトレーユを見つめながら自嘲する。
「ミイラ取りがミイラになるとはよく言ったものだ」
乾いた風が砂を巻き上げて、彼らの頬を撫でた。花嫁を守るように自らの衣で彼女を覆う。
「嵐が来るな……急ぐぞ」
王の言葉と共に男たちは荒野を駆けた。




