1章20話 国王の勅書
「し、失礼します!国王陛下より勅命がくだされました!」
慌てた様子で入り口から入ってきたのは、国王付きの侍従だ。
銀製のお盆の上には、上質な紙でできた巻物があった。ラーデルス王国の紋章の入った封蝋がしてある。
国王の勅命という侍従の言葉に、部屋にいる人間達は大いにざわついた。
「陛下が……?」
「お姿は見えぬが、お身体は大丈夫なのか?」
「今回の事をどこまでご存じなのだ?」
今まで姿の見せなかった国王を心配するもの、戸惑うもの、様々である。
侍従のもってきた勅書を、代表してノルアード王太子が受け取り開いた。
黙ってそれに目を通す王太子。それを固唾を飲んで、人々は見守った。
しかし勅書に目を通すうちに、ノルアードは明らかに表情が曇っていった。普段あまり表情の変えない彼が、血の気が失せたように蒼白となったのである。その尋常ではない様子に、エドワード王子が勅書を奪い取ると、声を上げて読んだ。
「『我、ホルスト・ミンスク・ラーデルスは、ラーデルス国王の名において、第4王子ノルアードの王太子の地位を、一旦、白紙に戻すものとする。なお、ロヴァンス王国第3王女との縁組は、次期王太子となった者が跡を継ぎ、この婚姻に逆らう者には、立太子の権利はないものとする』」
エドワード王子は読み上げながら、声が僅かに震えていた。戸惑うような表情をしているが、歓喜に打ち震えるのを必死に抑えているかのようであった。
逆に王太子の地位を白紙にされたノルアード王子は、気力を失い、まるで糸の切れた操り人形のように、側にあった椅子へと倒れ込んでしまった。
他の者たちも、どういうことだとざわつき、すでにリアドーネ誘拐についての話し合いどころではなくなっているようだ。
立場上中立であるはずの騎士団長は、隠しきれない戸惑いと苛立ちの感情を噛み殺しつつ、エドワード王子から手紙を受け取り、何度も何度もその内容を見返している。しかしいくら読み返しても、その内容はエドワードが読み上げたものと変わらず、落胆の色が隠せなかった。
この出来事に顔を見合わせた王女一行は、皆一様に眉を顰め、困惑していた。
(しかし、この事でキャルメ王女の安全は確保されたようなものだ)
そうアトレーユは思い、ひとまずは安堵の息をもらした。立太子の条件には、王女との婚姻が不可欠となったからである。もしも国境付近で王女を狙ったのが、他の王子の勢力であったならば、もう王女を狙う意味はなくなるはずだ。
しかし、王太子の座が空席になったことにより、王子同士の潰し合いが表面化することが、容易に見て取れた。
混沌とした、次期王位の座をめぐる骨肉の争いが、まさに激化しようとしていた──