1章18話 疑われた王女
騎士団長は兵舎の一室にて、すでに寝る準備を整えていた。
しかし部下の慌てたような声で、ラスティグは休息の邪魔をされた。
「団長!大変です!」
「どうした?騒がしい」
不機嫌そうに眉間にしわを寄せると、居室のドアを開けた。
「こ、こんなものが、サイラス王子の元へ届けられました!」
そういって渡されたのは、赤い髪の毛の入った封筒だ。どうみてもその髪色は、昼間姿が見えなくなったリアドーネのものだ。
「これはっ……!?」
更に険しい表情になった騎士団長は、すぐに騎士の服に着替えると、部下に指示を飛ばした。
「非番の者も全員起こせ。リアドーネ嬢が何者かに攫われたのだ。すぐに動けるものは調査と、王族の方の護衛に回れ!」
どうしてリアドーネが狙われたのか、わからない。しかし、確実に何かを企んでいるような姿の見えない敵に、ラスティグは怒りをあらわにするのだった。
リアドーネ誘拐の話はすぐにアトレーユ達の耳にも届いた。
「どうしてリアドーネ様が……ナイルも同じ犯人に攫われたのでしょうか?」
キャルメ王女が不安そうにアトレーユに縋った。アトレーユは安心させるように王女を抱きしめると、力強くこう答えた。
「もしナイルが一緒に捕まっているのなら、リアドーネ様も大丈夫です。あの男はただ者ではありません。転んでもただでは起きない男です」
アトレーユはナイルを信用していた。だから、こんな状況になっても、心配はするが、取り乱すほどではなかった。
彼らは自分たちの部下が捕まっていることについては、ラーデルスの人間には漏らさなかった。
どこに敵が潜んでいるか、わからないからだ。
リアドーネの捜索に手を貸すと同時に、ナイルのことも調べるつもりでいた。
しかし、状況はそう悠長に構えてもいられなくなった。
翌日の朝早く、険しい表情をした騎士団長が、王女の部屋を訪ねてきた。
リアドーネの事だろうと思っていたアトレーユたちは、続く騎士団長の言葉に面食らった。
「殿下の懇意にされている出入りの商人の男ですが、昨日王城の外で見かけられたそうです。赤い髪の女性を伴って。その事について、お話を伺いたい」
丁寧な言葉の中に、怒りが滲んでいるのがわかる。明らかにキャルメ王女を疑っているのだ。
そんな騎士団長の物言いに、アトレーユは鋭い眼差しで睨んだ。
「どういう意味だ?王女殿下を疑っているのか?」
凄むような、殺気の漂う低い声である。
しかし、団長の金色の瞳はひるむことなく、獰猛な獣のように、アトレーユを睨み返した。
「殿下の元に出入りしている商人と、リアドーネ嬢が一緒にいるところを見かけたという者がいるのだ。それに、侍女は昨夜遅く、差出人のわからない手紙を、王女の元へと届けたと言っている。これについても説明してもらおう」
明らかにこちらを疑っている。すでにナイルと、それを使う王女を犯人と決めているかのような物言いだ。
しかしナイルのことは秘密にしているので、仕方のないのだが、それでも理不尽な疑いのように思えた。
「我々がリアドーネ嬢を攫ってどうするというのだ?なんの益がある?そのような無駄なことを聞いて回るより、他にすることがあるだろう?」
アトレーユは聞いていられないといったように、呆れた様子で返答した。
これに怒りをあらわにしたのは、ラスティグである。
「貴殿らがリアドーネ嬢をよく思っていないだろうことは、ナバデ―ル公爵令嬢から伺っている。先日の夜会では、ひどくののしられたそうではないか」
そのあざ笑うかの様子に、アトレーユは激高した。主人を貶めるようなことを嫌悪していた男が、今まさに、アトレーユとその主人を貶めているのだ。
「貴様!それ以上言うと、ここで叩き斬るぞっ‼」
アトレーユはすかさず剣を抜こうとしたが、キャルメがすぐに止めた。剣をとろうとしているアトレーユの手を小さな手が健気に抑えている。
「お話に答えましょう。だからお二人とも落ち着いてください」
そういって困ったように宥める王女の様子に、二人の騎士は気持ちを必死で落ち着かせた。そして話し合いのために、騎士団長に続いて部屋を後にした。