1章17話 不穏なお茶会3 消えた令嬢
残されたアトレーユ達は、そのまま、席に座っていたが、気まずい空気が流れていた。
しばらく何も話さず、お互いただぼんやりとお茶会の様子を眺めているだけだったが、思い切ったようにラスティグが話しかけてきた。
「……助かった。正直自分が抑えられなくなりそうで……危なかったから」
たどたどしく感謝の言葉をつむぐ様子は、気まずそうであった。その金色の目には、悲しみと、怒りが浮かんでいた。
「あのように他人を貶める輩は、私とて我慢ならない。もしリアドーネ嬢があそこで怒鳴らなければ、私が怒鳴っていたかもしれない。」
だからお互い様だといってアトレーユは笑った。そして、ふと真面目な表情をすると、ラスティグに話しかけようとした。
「本当に……」
そう言ったが、続く言葉をアトレーユは飲み込んだ。
先ほどの話は、ノルアード、ラスティグにとって、触れてはならないものであるに違いない。軽々しく聞いてはいけないのだ。
「いや……なんでもない」
そう言ってアトレーユはそのまま黙って何もきかなかった。
ラスティグはその心遣いに感謝した。
その後も気遣うように、言葉を選んで話してくれるアトレーユに、ラスティグは気持ちが安らいでいくのがわかった。一緒にいることが、こんなにも心地が良い。そう思えることが不思議であったが、嬉しくもあった。
だが、アトレーユは時々、王女と王太子の方を、切ない表情で見つめていた。美しい紫の瞳が、憂いを浮かべて揺らめいている。
そんなアトレーユの様子に、ラスティグは、自分まで切ないような想いがした。
この横にいる美しい騎士の憂いた顔に、無性に胸が締め付けられるのだ。
ラスティグは自分の胸に手を当てて、息を大きく吸い込んだ。どうかしている。まるで恋をしているようじゃないかと、気持ちを切り替えようとして話しかけた。
「貴殿は、恋人はいないのか?」
しかしラスティグの口をついて出たのはそんな言葉であった。何を馬鹿なことを聞いているんだと、ラスティグは心の中で自分を罵った。
「いや…恋人などいない。作る暇などないからな」
アトレーユはラスティグの動揺を知らずに、淡々と答えた。
なぜかその返答に、ラスティグは安堵して、気になっていたことを聞いてみた。
「貴殿はキャルメ様と、ノルアード様の婚約をどう思っているのだ?」
アトレーユとキャルメ王女が尋常な仲ではないことは、薄々わかっている。だが、国同士が関わる婚姻には、そういった愛や恋などは、時として国の立場を危うくするものだ。
その言葉に、アトレーユは暫し黙って考えこんでいる。そしてようやく重い口を開いた。
「キャルメ様が望むなら、私は反対しない。だが、彼女の犠牲の上にこの婚姻が成り立つのであれば、私は命に代えても、王女を御守りする。それだけだ」
そう言った騎士の表情には、固い決意が見て取れる。この騎士ならば、本当に命を賭して王女を守るだろう。
彼らの結びつきは、自分たちが考えているような、恋などという次元の低いものではなく、もっと崇高なもののようであった。
そしてその崇高な想いに、ラスティグは嫉妬した。この気高い騎士をここまで魅了し、仕えさせる王女に嫉妬したのだ。
しばらくして、王女と王太子が共に席を立った。どうやら、王女をエスコートして、庭園を案内するようである。
それに気づいた、騎士団長と護衛隊長は、二人を護衛するために席を立った。
にこやかな様子で庭園を案内する、ノルアード王太子。庭園には様々な種類の花が、色とりどりに咲いていた。仲良く並んで歩く二人から少し離れて、アトレーユとラスティグは護衛した。ほかの騎士たちは庭園周辺で警護している。
キャルメ王女は、花の一つ一つを嬉しそうに見ている。そしてノルアードに、名前や花言葉などを話していた。ノルアードはそれを楽しそうに聞いている。
ラスティグは王太子の、心の底から楽しそうな様子に驚いていた。王太子となってからは特に、気を張って、他人に弱みを見せないようにと、本心を隠していたが、今は素の感情が表に出ているようだ。
また、キャルメ王女も同様に心から楽しんでいるように見えた。
仲睦まじい二人の様子に、この婚約はうまくいくであろうと誰もが思った。
ラスティグは主のそんな様子に安堵した。目的のために心を犠牲にしてきた王太子が、愛しく思える存在を見つけたことが、嬉しいのだ。
しかし隣に控える銀髪の騎士は浮かない表情だ。それもそうであろう。
ラスティグは、アトレーユの心中を察した。実際は少々誤解があるのだが、アトレーユにとって、この婚約が好ましいものではないことは確かであった。
と、そこに慌てた様子のサイラス王子がやってきた。息を切らし、額に汗をかいている。
「リアドーネを見なかったか!?」
開口一番そう言うと、あたりを必死で見回した。
「いえ、見ておりませんが…いらっしゃらないのですか?」
「どこにもいない。帰ったのかと思い、乗ってきた馬車を確認したが、御者は見かけていないと……どこに行ったんだ。一体どこに……」
ひどく動揺しているようだ。リアドーネを心底心配しているのがわかる。
「私たちも探しましょう」
王太子と王女はリアドーネを探すために、護衛の騎士たちに指示を飛ばした。
アトレーユとラスティグは、王太子たちに付き添い、探すことにした。
その後、庭園や城をくまなく探したが、誰もリアドーネを見かけたものはいなかった。
あのように目立つ髪色とドレスを身にまとっているのに、誰も見かけていないなど、どう考えてもおかしい。
アトレーユは連絡の取れなくなったナイルのこともあり、何かが起こり始めていると感じていた。
そして、その夜、王女たちの元へ、一通の封筒が届けられた。差出人の名前はない。誰からかは、わからないと届けた侍女は話していた。
そんな怪しい封筒をアトレーユは手にとると、安全のため少し離れた場所でそれを開いた。
中には栗色のウェーブした髪の毛が、ひもで括られて入っていた。
……それは潜入調査をしていた、ナイルのものであった。
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同じころ、サイラス王子の元へも一通の封筒が届けられる。
中には同じように、赤い髪色の長い髪の毛が入っていた。
サイラス王子は青ざめて言葉を失った………




