1章16話 不穏なお茶会2 王子達と公爵家の秘密
「花言葉に詳しいのは、流石に女性たちの特権ですね。多くの花を贈られているからでしょう」
そうにこやかに答えたのは、明るい金色の髪の、第3王子のエドワードである。高い鼻とたれ目が印象的な美青年である。
エドワードは和やかな様子で話しているが、一部の人間の反応は穏やかではなかった。
リアドーネは鋭い視線を彼に向けている。隣に座るアトレーユにも、そのピリピリとした空気が伝わってきた。
第2王子のサイラス、灰色がかった髪の、長身の顔立ちのハッキリした王子だが、彼もまた、冷たい視線をエドワードに向けていた。
「時に王女殿下のその花は、何という花なのですか?美しい青紫色をしていますが」
エドワードはキャルメ王女のテーブルにある花を指さして聞いた。
そこには瑞々しく咲いた、紫陽花が飾ってあった。
「紫陽花ですわね。移り気、浮気、冷酷などの花言葉がありますわ」
嬉々として答えたのは、息を吹き返した妃の一人である。他の妃たちも、懲りずにニヤニヤしはじめた。
「まるで王女殿下の、美しい騎士様の瞳の色のように見えますわ。殿下の御心を映しているかのようですわね。ノルアード様がいらっしゃるのに、移り気な紫陽花のような」
暗に王女と護衛騎士が道ならぬ恋をしていると言わんばかりである。
これについて、王女はなるほどといった風にそれを聞いていた。隣に座るノルアードの方が、この言葉に対して怒りをあらわにしているようだ。
「青い紫陽花は、知性、神秘、忍耐強い愛情という意味ですよ。人を嘲笑うことを好む方々には、どれも縁のないものでしょうが」
と、ここで辛辣な言葉を返したのは、美しい紫の瞳を、軽蔑の色で染めた、銀髪の騎士、アトレーユである。静かにお茶を口に含み、妃たちを見ようともしない。知性の欠片もない妃たちは、見る価値もないものだと言わんばかりだ。
「ま、まぁ失礼な騎士ね!この席に呼ばれただけでも、感謝しなければいけないのに、なんて態度なの!?」
妃たちは顔を赤くして、怒りをあらわにしている。そのような自分たちの態度こそどうなのだ、と他の人々は思ったが、それは誰も口には出さなかった。
うんざりした様子でサイラス王子は、無言を貫いていた。どうやらこの第2王子は、こういった嫌味の応酬は苦手のようである。
夜会で王女に嫌味を言っていたリアドーネも同じく黙っている。意外だが、むしろ妃たちの態度に怒っている様子だ。
またナバデ―ル公爵令嬢のレーンも、茶会の雰囲気があわないのか、静かに様子をうかがっているだけだ。
一方エドワードはそういった人々を楽しそうに眺めていた。わざと王女達が貶められるように、紫陽花について話を振ったのだ。
アトレーユは冷静に彼らを観察していた。
誰が敵か味方か、それを見極めるためである。
不穏な空気が漂う中、エドワードは更に飛んでもない発言をした。
「そういえば、最近知ったのですが、ノルアードと、ラスティグ騎士団長は、母君が同じ、血のつながった兄弟だそうですね」
エドワード王子のこの言葉に一瞬で場がざわつき始める。
初めて聞く情報に、アトレーユは思わず、隣に座るラスティグを見た。
ラスティグは、目を見開き、険しい表情で、エドワードを睨んでいた。拳を固く握りしめ、怒りを抑えているかのようだ。
かたや、ノルアード王太子は、静かに微笑んでいるだけで、眉一つ表情を動かさなかった。しかしそこには、静かな怒りの炎があるように思えた。
「なんでも、ストラウス公爵の息子を生んだ公爵夫人は、その後、我が父、国王の愛妾になったそうです。そして生まれたのが、騎士団長殿の弟となるノルアード様というわけだ。彼は王子でありながら、妃ではなく愛人の息子なのですよ」
ストラウス公爵の長子であるラスティグと、国王の第4子であるノルアードは、歳は一つしか違わない。彼らの母親は、ラスティグを生んですぐに国王の愛人となったようだ。アトレーユはラスティグを複雑な想いで見つめた。
その話が事実かどうかはわからない。しかし彼らはすでに事実として面白おかしく語り始めた。
「まぁ、そうだったのですね。ノルアード様のご出自は秘匿されておりましたが、そんな口にだすのも、憚られるような事情がおありでしたのね」
妃たちは、一層蔑んだ目でノルアードを見た。
子供のいない妃たちにとっては、王太子の存在は目障りなだけで、少しでも弱みを見つけると、それを叩くことに余念がない。
「愛妾だなんて汚らわしい。公爵夫人とはいえ、卑しいご気性の方を母親にもつなど、耐えられませんわ。公爵様も、よくも、ノルアード様をご養子として育てることができましたわねぇ」
口々に語られる、父と母を侮辱する言葉に、ラスティグは怒りで拳が震えだした。
今にも殴りかかりそうな様子に、アトレーユはとっさに自分の手を彼の拳に重ねた。強く握りすぎて白くなった大きな拳は、怒りで血の気が引き、とても冷たい。
ラスティグは驚いてアトレーユを見つめた。その金色の瞳には動揺の色が浮かんでいる。
そんな彼をまっすぐに見つめ返し、落ち着くように諭す。
一瞬固まっていたラスティグだが、アトレーユの手から伝わる想いと、その温かさに、徐々に落ち着きを取り戻した。
「卑しいのはあなた方ではありませんか!?こんなことをして何が楽しいのかしら?馬鹿馬鹿しい!」
突然テーブルをダンっと叩いて、勢いよく立ち上がったのは、隣に座る、リアドーネである。
皆が驚いて、彼女の方を見ると、リアドーネはその美しい顔を怒りで歪め、感情をあらわにしていた。
真っ赤な髪がその内なる燃えたぎる情熱を現すかのようだ。
彼女は炎のような燃える眼差しで、人々を見下ろすと、フンっとドレスを翻して、その場から去ってしまった。
突然のことにしばらく呆気にとられた人々は、固まったまま、立ち去るリアドーネをしばし見ていたが、興味を失ったのか、すぐにお菓子をつまんだり、他の話に興じ始めた。
一方サイラス王子は、心配そうな表情で席を立つと、幼馴染であるリアドーネの後を追いかけ、どこかへ行ってしまった。
ナバデ―ル公爵令嬢のレーンも、立ち去ったリアドーネを気にかけて席を後にした。




