1章15話 不穏なお茶会1 妃と花言葉
夜会から二日後の午後。穏やかな日差しの中、王城の庭園の一角で王家主催のお茶会が開かれることとなった。
今まで謹慎中で姿を見せていなかった、第2王子のサイラスと、第3王子のエドワードも招かれているようである。
キャルメ王女は勿論、上位貴族の令嬢である、レーンやリアドーネ達も招待された。
国王陛下は相変わらず姿を見せないが、国王の妃たちの何人かが出席するようだ。妃といっても、皆、子供はいない。腹違いの王子たちの母親らは、すでに死去して久しい。
お茶会は急な開催であったが、多くの妃が輩出したナバデ―ル公爵家が主導で立ち回ったようで、すぐに準備が整えられ、開催へとこぎつけた。
アトレーユは夜会の夜から、ナイルの報告が滞っていることに、疑問を感じていた。
ナバデ―ル公爵家に何かをかぎつけたらしい敏い男は、早速メイド姿で潜入すると、次々と報告をあげていた。しかしこの茶会が公爵家主導で行われるのに、それに関して報告がないなど、彼らしくない。
しかし今最も心配なのは王女のことだ。
王女からは、もう護衛の必要がなくなると言われている。しかしここにはまだ多くの危険が潜んでいるため、自分のやるべきことはあるはずだ。
そう自分に言い聞かせて冷静さを取り戻したアトレーユは、気を引き締め直してお茶会の会場へと向かった。
お茶会は色とりどりの花が咲き乱れる庭園にて行われた。さすが王城の庭園とだけあって、東西様々の国から取り寄せたであろう、珍しい植物が目に付く。奥の方には温室もあるようで、ガラス張りの屋根が木立の向こう側に見えた。
爽やかな日差しの中、真っ白いクロスが掛けられた、いくつもの大きなテーブルが並ぶ。芝生を踏みしめる感触が、靴越しに伝わって気持ちがいい。たくさんの様々な種類の菓子や軽食がテーブルに並べられ、香りのよいお茶が用意されていた。
席順は、入り口で用意された花を受け取り、その花が置いてあるテーブルに着くというものであった。アトレーユは護衛としてきたのだが、頼まれて席に着くこととなった。
白い薔薇の花を渡されて、それを胸に差し、同じく白い薔薇が飾られているテーブルの元へ足を運んだ。
王女とは席が離れてしまったことに不満をもったが、セレス、アトスが目配せをして、王女の側に控えた。アトレーユはそのことに少しばかり安堵し、周囲を見回した。
自分の右隣には、赤い薔薇を持ったリアドーネが座った。
今日は濃い紫色のドレスに身を包み、真っ赤な髪と合わせると、少々毒々しく見える。だが、美しい振る舞いは貴族令嬢そのものだ。
アトレーユの左隣には、青いアスターを持った騎士団長のラスティグが座った。
彼も、乞われてこの席に着いたらしい。あまり乗り気ではなさそうで、億劫な表情をしている。
青く小さな花が所在なさげに、彼の大きな手の中に収まっている。まるで場違いなお茶会にいる騎士団長をそのまま現しているようで、アトレーユはなんだか可笑しかった。
今日はお茶会ということもあって、ラスティグは淡い水色の貴族の服に身を包んでいた。しかし騎士として、剣はしっかりと腰に差したままだ。
席の中央近くには、王の妃たちと思われる、年嵩の女性たちと、王子たちが座っているようだ。
キャルメ王女は、ノルアード王太子と隣同士で、中央近くの、妃たちの前あたりに座っているようだ。
「面白い趣向ですわね。この花を配るというのは」
そういったのは、妃の一人である。面白そうに自分の花を見つめている。
「まるで私たちの為に用意されたかのようですわね。ほら、この花言葉をご存じ?」
楽しそうに話しに興じるのは、別の妃である。やはり、女性の面々はこういった話が好きなようで、女性たちだけで大いに盛り上がっている。
しかし王子をはじめとする男性たちは、あまり興味がないようで、話を聞くよりも、目の前の食べ物に手を付け始めていた。
しばらくは女性たちだけで話に興じていたのだが、ふと一人の妃がノルアード王太子の方に目を向けると、あざ笑うかのような口調で話しはじめた。
「王太子殿下はそちらの花言葉はご存知ですか?」
クスクスと他の妃が口元を扇で隠しながら笑っている。
ノルアードのテーブルに飾ってある花は、切り枝で、細い枝の先には、小さな花がたくさん密集して、こんもりと鞠のようになっている。薄桃色の可愛らしい花である。しかしノルアードはこの花を知らなかったようで、首を傾げている。
嘲笑していた妃の一人が、にやつきながら口を開いた。
「これはシモツケという庭木ですわ。珍しい東方の国の植物なのですけど、その花言葉がまた、面白いのです」
早く先を言いたくて仕方のない様子である。
ノルアードは特に気にもせず聞いていたが、隣に座っているキャルメ王女はこの花を知っていたようで、僅かながら眉を顰めて、機嫌が悪いのが見て取れる。
「無理、無駄、実らぬ恋という花言葉がございますの。こんなに可愛らしい花なのに、とても可笑しいでしょう?」
クスクスと妃たちはご機嫌だ。王太子と妃たちはよほど仲が悪いらしい。
王太子は平然と、そうですかと、話を合わせて笑ってはいたが、内心は面白くないに違いない。明らかに侮辱されているのだから。
アトレーユの隣に座っているラスティグは、妃たちを鋭い目で見ていた。そこには侮蔑と怒りの表情が伺える。
「でもこの花には、努力、自由という花言葉もございますわ。無理と思えることにも努力するという姿勢は、とても素敵だと思いますわ」
そういってとろけるような甘い微笑をたたえたのは、王太子の隣に座るキャルメ王女である。扇で口元を隠すことなく、その美しい微笑を惜しげもなくさらした。
黄金に輝く姫君の美しい微笑に、人々はくぎ付けとなった。他人をあざ笑うことばかり考えている年増の妃など、王女の優雅さ、可憐さの前では、勝ち目などないのである。
たったそれだけで、キャルメは険悪な空気を一掃してしまった。彼女の上に立つ者としての器量は、素晴らしいものだ。
そのことに、ノルアードもラスティグも気づいていた。
悔しそうに顔を歪める妃たち。
アトレーユは当然とばかりに、キャルメ王女の勇姿を眺めていた。




