1章14話 夜会の夜6 ナイルの調査
アトレーユ達と離れて潜入調査をしていたナイルは、夜会の夜、アトレーユ達と同じく、ナバデ―ル公爵の屋敷にいた。小柄な体型を活かし、可愛らしいメイドの姿をしている。顔も可愛らしく、目も大きいので、男とばれることはなかった。
ナイルがここで調査していたのは、先日、商人の姿で城へ行ったときに、レーンの連れてきた侍従に後をつけられたからである。そのことにより、ナバデ―ル家に目を向けたのだ。
夜会では、ナバデ―ル公爵が、他の貴族たちに、根回しをしているようだった。ノルアード王子の立太子と、ロヴァンスの王女を妃に迎えることに反対するようにと、皆を煽っている。
どうやら、彼らはキャルメ王女の敵のようだとナイルは感じていた。
令嬢のレーンが、王女と懇意にしているのも、理由があってのことであろう。
だが、調査を進めても、わかるのはそこまでであった。
いくら疑わしいからとはいえ、国の政策に対して貴族があれこれ言うのは、当然のことである。ましてや、自分の娘を差し置いて、他国の姫が妃になるのなら、それに反対するのは、親心というものだ。
ナイルは大した進捗のない調査にため息を漏らした。
屋敷の人間たちは、夜会の応対で忙しく、広間以外の屋敷は手薄となっている。メイド姿のナイルも、それを手伝い調査をしていたが、大した情報を得られなかったので、現在は手薄になった屋敷を調べていた。
主のいない暗い書斎に入ると、月明りを頼りに物色する。勿論ばれないように元に戻すことも忘れない。
書類机の上は、無駄なものがなく、手紙や、領内に関する書類が整然と並べられている。神経質そうな公爵らしい机だ。
しかしその机の引き出しに、公爵らしからぬ物があるのが目についた。
木でできた重厚な造りの木箱で、角を銅の飾りで縁どって装飾してある。独特の文様が手彫りで施され、虹色に光る貝殻をはめ込み彩っていた。この技法はロヴァンス王国、ラーデルス王国の南に位置するトラヴィスという国で盛んな技法である。他国とあまり国交のないラーデルスにおいては珍しい品である。
早速その木箱を開けるために、手持ちのピンを取り出す。しかしトラヴィス王国特有のからくり仕掛けで、開けるのは非常に苦労した。ピンで鍵をこじ開けるまでに、仕掛けを正しく回したり、逆にはめ込んだりしないと、鍵穴すらどこにあるかわからないような造りになっているのだ。
なんとかその箱を開けて中身を確認すると、そこにあったのは収支に関する書類であった。
ナバデ―ル公爵はどうやら鉄鉱石や火薬の原料などに多額の金銭を投じているようだ。一見すると問題ないように思える。しかしナバデ―ル公爵領は鉱山の地域を含んでおらず、農園産業が主な収入源のはずであるため、大量の鉄鉱石や火薬の原料をどう使用するのか疑問である。
また国へ申告している収支と、実際の収支に差異があるのが、それらの書類からわかった。
金の流れを調べる必要があるなと、ナイルはやっと見つけた証拠の品に興奮した。しかしそのせいであたりの変化に気付くのが遅れた。ナイルの後ろに音もなく忍び寄った影は、彼を羽交い絞めにして首を絞めた。
ジタバタともがく音が、部屋の中に響く。
しかし、その音もだんだんと弱まり、ついには聞こえなくなった。
力なく、だらりと床に落ちた手には、先ほどの書類が握りしめられていたが、それすらも奪われると、ナイルはそのまま影に引きずられて、どこかへと連れていかれたのだった。




