1章13話 夜会の夜5 それぞれの思惑
広間ではいまだ多くの人で賑わっていた。楽しそうに踊る人々の中、広間の中央付近では、キャルメ王女とノルアード王太子が踊っている。
キャルメはワルツのステップを踏みながら、彼をじっくりと観察した。ノルアードの踊りは洗練されていて、地味な貴族の服とはどこか不釣り合いのように見える。彼は王女と目が合うと、にこやかな笑顔を向けてきた。それはとても優しく、貴公子らしい笑顔である。
しかしその笑顔の裏に、得体の知れない底の深さが秘めてられていることを、王女はわかっていた。ただ踊っているだけでも仕方ないので、キャルメは問いかけた。
「殿下は国王となられた暁には、どのような国づくりをなさいますの?」
いきなり核心をつく言葉に、ノルアードは苦笑する。それは本心を隠すような微笑ではなく、彼自身の本当の笑顔が垣間見えるようなものだった。
「お気が早いですね。まだそうと決まったわけではございません」
すでに王太子の地位にあるのに、彼は謙遜してそう言った。素直に答えないことを見越していたので、いたずらっぽく首をかしげ、続けて王女は口を開いた。
「あら、もしものお話ですわ。ノルアード様がどのように夢を見ていらっしゃるか、興味がありますもの」
可愛らしく、上目遣いで微笑む。まるでいたずらな妖精がそこにいるようだ。
そんな王女の可愛らしいお願いに、ノルアードはふと目元を緩めた。
「夢……ですか……そうですね、民が貧困に喘ぐことなく、安心して暮らせることでしょうか?……ありきたりですが」
そう言葉を濁したが、ノルアードはどこか遠くを見ているような、寂しそうな眼をしていた。
その様子をじっと見つめていたキャルメは、優しい表情でうなずくと、それに賛同した。
「素晴らしいお考えですわ。ありきたりの幸せが一番大切です。誰しも自分の身近な人々の幸せを願わない日はございませんもの。ノルアード様は、民のひとりひとりを、家族のように思っていらっしゃるのですね」
ノルアードを油断ならない人物だと思っていたが、彼の夢を語る言葉は、どこか真実味があった。そして、王女はその考えに賛成だった。本当にそんな国造りをするのならば、妻として彼を支えていくこともできるだろう。
キャルメはそれこそ、幼い頃から王女として育ってきた。上に立つ者としての教育をうけ、いずれは国の為になる結婚をすることも、憂いてはいなかった。だから、夫に求めるのは愛情ではなかった。自分と同じく、上に立つ者としてふさわしいか否か、それが肝要であった。
勿論、ロヴァンスの王族たち皆がそうというわけではない。ティアンナの兄と結婚したキャルメの姉は、王族でありながら恋をして結婚していた。また、ティアンナの姉を娶った兄も、妻を愛している。
彼らは稀なのだ、そうキャルメは思っていた。しかし、それが幸せなのだということも、ちゃんと理解していた。
ただ、キャルメは、自らの幸せよりも、身近な人たちが笑って過ごせるように尽くしたいと思っていた。その想いは、大切な幼馴染が、傷ついたあの日の出来事が、少なからず影響していた。ティアンナはあの日から、決して涙をみせず、どんなに辛いことにも一人耐えていた。その姿を見る度に、キャルメは同じように胸を痛めていた。
だから、もしこの婚姻が国の為、ティアンナの為になるのなら、喜んでその身を差し出すつもりでいたのだ。
そんなキャルメに対してノルアードは、ありきたりな自分の夢を笑うことなく、真剣に賛同してくれた彼女を好ましく思った。彼女は本当に心からそう思っているようだ。本心を隠すような、甘い笑みではなく、嬉しそうに微笑んでいる。ノルアードは王女を利用して、自らの目的を達成することだけを考えていたが、本気で王女を手に入れようと思い始めていた。
自身もこの聡明で優しい王女が欲しくなったのだ。
ノルアードはそんな自身でも驚くような感情の芽生えに、内心苦笑しつつ、対して、自分を敵視するように見つめる王女の護衛、アトレーユをどうするか思案した。どうみても王女の心はあの男にある。
邪魔するものは斬る、いつもそう、義兄弟のラスティグと話していた。目的を達するためには、時には非情でなくてはならない。たとえそれが、王女の愛する者であってもだ。
そんな暗い考えを笑みに隠し、ノルアードはキャルメ王女とのひと時を楽しんだ。
その様子をじっと見つめている人物がいた。その人物は、王女と貴族に扮した王太子が睦まじくしているのを、険しい表情で見つめていた。だがそれに気づくものはいなかった。




