1章107話 運命の輪4 運命に翻弄されて
「……ナイル」
リアドーネは一言、その姿をみて呟いた。
彼がここに来たということは、自分が何をしたのか彼が知っているということ。
それが彼の役目だから……
彼らは一言も話さずに、お互いを見つめていた。
雨に濡れて、リアドーネの美しい赤い髪は、肌に張り付き、ドレスも雨でぐしゃぐしゃになってしまっている。
自分のみっともない姿に、リアドーネは独りでいたときよりも、もっと悲しい気持ちになった。
――彼にこんな姿を見られたくはなかった。
それでも自分が招いた結果だ。リアドーネはそれを甘んじて受け入れる覚悟で、ナイルを真っ直ぐに見つめた。そして彼の言葉を待った。
ナイルはそんなリアドーネを、複雑な心境で見つめると、今まで叫びたくても叫ばなかったその言葉をつぶやいた。
「……どうして……」
雨に掻き消されたその声は、リアドーネには何のことかわかっていたようで、悲しそうな自嘲の笑みが返ってきた。
「……どうしてかしら……?」
自分でもそこまで追い詰められたことに、驚き、また戸惑いもあった。
それでも彼女が知ったサイラスの真実は、彼女の心を狂わせるだけのものだった。
リアドーネだけが知っている、サイラス。
幼い頃から共に過ごしてきた人が、あんなにも苦しんでいたのに、自分が何もできなかったことが、リアドーネの心に深く刺さっていた。
「……サイラスの為に何かしたかったのかもしれない……」
リアドーネはナイルから目を逸らさない。
嘘を吐くのが苦手な、正直で、素直な感情を見せる彼女が、今はまるで人形のようだ。
「それでもっ……!」
ナイルはそんな様子のリアドーネを見て、顔を大きく歪め、心の底から、悔し気で悲し気で、そして怒ったような表情を見せた。
その顔を濡らしているのは雨か涙か判別はつかない。
それでもリアドーネには、彼が泣いているように見えた。
二人の間の沈黙を許さないように、雨が激しく彼らに打ち付ける。
そしてナイルはそれに抗うかのように叫んだ。
「僕はっ!……僕は君がそうなる為に、彼の想いを届けたんじゃないっ!!」
――――ナイルの悲痛な叫びとともに、眩い光が一瞬で彼らを包んだ。
そしてすぐさま体を震わすほどの轟音が、彼らを襲った――――
「きゃぁっ!」
雷鳴に驚いた馬が、嘶くとともに前脚を掲げて、大きく後ろへのけぞった。
リアドーネはバランスを崩し、馬から落ちていく。
「リアドーネッ!!」
ナイルがすかさずリアドーネに手を伸ばすが、それは彼女の指先を掠めるだけで、無情にも届かない。
――彼女の白く華奢な手が
――情熱色の髪が
――美しい水晶のような瞳が
――――激しさを増す川に向かって落ちていく――――
まるでスローモーションのように、彼女の顔に悲痛と安堵が浮かんだ時
その姿は一瞬で激しい濁流にのみ込まれ――――そして消えていった。
「リアドーネ―――ッ!!!」
ナイルの悲痛な叫びは、悪夢のように激しい濁流の中に掻き消えた――




