1章105話 運命の輪2 鎮魂という名の罪
リアドーネは馬を駆り、遠くからラーデルスの王城を眺めていた。退城の時に乗っていた馬車はすぐに降りて、王城へと引き返させた。
自分の屋敷に戻るつもりは、もはやなかった。彼女は大きな罪を犯した。その罪が明るみに出れば、彼女の一族もタダでは済まないだろう。
だがもう後戻りはできない。
未来などはもう彼女の前にはなかった。
このまま死を選ぶか、それとも……
リアドーネは頭を振ってその考えを掻き消した。そして王城の方に背を向け、また馬を走らせた。
何も考えたくなくて、馬をひたすらに走らせると、それまで晴れていた空が、突然曇ってきた。灰色を通り越して、黒い雲が頭上に集まり始めている。
まるで彼女の心の様子を表しているようだ。
もう一度だけ、そう思い、王城の方へ再び目を向ける。もはや王城の姿は小さくなり、今にも彼女の視界から消え去ろうとしていた。
彼女は沈んだ瞳でそれを見やると、唇を噛み締めた。
果たして自分のやったことは、本当に正しいことだったのだろうか?
――――ジワリとその瞳に涙が浮かんだ。
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サイラスが亡くなったと知らせを受けた、翌々日の午後。サイラスの母の実家である屋敷にて、ひっそりと彼の葬儀が行われた。リアドーネも王城から馬車を飛ばしてそれに参列した。
その葬儀は、とても寂しいものだった。
とても一国の王子の葬儀とは思えないものだった。
国王からサイラス王子に対する責めなどは一切なく、ただ葬儀には出席できないとの書状だけが届いた。事情が事情であるだけに、仕方のないことだった。
だが、実の父親さえ葬儀に出ないなど、サイラスが可哀そうだ。
リアドーネは兄のように慕っていたサイラスを想って泣いた。
彼が犯した罪は消えないけれど、リアドーネにとってはかけがえのない人だった。いなくなって初めて思う。
サイラスの家族は誰もが皆口をつぐんでいた。彼のしたことを、もしかしたら知っていたのかもしれない。
皆死んだように、暗い生気のない表情をしていた。
――――そしてリアドーネ自身も。
まるで心が死んでしまったかのように、泣く以外の感情の表し方を忘れてしまったかのように……
田舎の村の牧師が死者を送る鎮魂の言葉を紡いでいる。それを聴くのは彼の家族と、ごく一部の屋敷の人間達。他はリアドーネだけだった。
そのことにまた悲しくなり、リアドーネの目は涙をとめどなく流し続ける。
質素な式典が終わり、献花をしたのち、他の者たちは屋敷へと入っていった。
ただリアドーネだけは、その場に残っていた。
少しでもサイラスの側にいてあげたかった。
すでに土は盛られており、棺すらも見えない。
「……サイラス……」
その声が届かないと知っていても、その名を呼んでしまう。
返事がないとわかっていても……
「貴女がサイラスの仇を取るべきよ」
突然後ろから女の声がした。
「え……?」
後ろをふり向くと、そこにはすらりとした茶色い髪の女がいた。
艶やかな笑みを浮かべるその女は、どこかで見たことのあるような気がするが、思い出せない。
リアドーネが彼女の姿を見つけると同時に、その女はリアドーネの前へと近づいてきた。
「貴女がどれだけサイラスを想っているか、サイラスがどれだけ貴女を想っていたか、私は知っているわ」
「!!」
女の言葉に、今まで死人のようだったリアドーネの心が激しく反応した。
リアドーネの灰色の瞳に、僅かに光が差す。
女はその様子に満足そうに微笑むと、リアドーネに向けて優しい言葉を掛ける。
彼女が欲しがっている言葉を……
「サイラスは貴女を巻き込みたくないと言っていた。でもね、彼の事を本当に想っている貴女なら、きっとサイラスの気持ちがわかるはずよって私は言ったの。サイラスは嬉しそうにしていたわ。……本当に貴女の事が好きだったのね、彼」
女は悲し気な顔を一つ、リアドーネに向けると、サイラスがいかにリアドーネを想っていたのかを語り、そして続く言葉を言った。
「……だから貴女には聞いてほしいの。彼がどうしてこんな事をしてしまったかということを……」
リアドーネは女の言葉を無防備な心で聞いていた。
ただ、今は一つでも漏らさず、サイラスの事を聞きたい。
彼の心を理解してあげたい。
その一心だった。
――――そしてリアドーネは、サイラスを取り巻く真実を全て知った。




