1章104話 運命の輪1 回り始めたそれぞれの運命
王城からの知らせを受け取ったその女は、口もとに艶やかな弧を描くと、今は亡き者に向けて、弔いの言葉を贈った。
「ふふ……うまくいったようね。良かったわね、サイラス。貴方の無念は晴らせそうよ?……だから最初から取り込んでおけばいいといったのよ。あの子をね……」
澄んだ青空に溶けて消えていくその言葉を聴いていたのは、自由に大空を羽ばたく鳥たちだけだった。
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「一体どうなっているんだ!?誰かちゃんと説明しろ!!」
そう喚き散らすのは、近衛警備隊によって保護されているエドワード王子だ。
国王が倒れたことにより、選定の儀は急遽中断され、王城の中は物々しい警備が敷かれていた。
「……とんでもないことになっているようですね。殿下は大丈夫ですか?」
エドワード王子と同じ部屋で、厳重な警備の元にあるのは、キャルメ王女も同じであった。今はアトレーユをはじめ、王女の護衛隊の者が側についている。
「えぇ……突然のことだったので驚いたけど、私は大丈夫よ。ありがとう。アトレーユ」
王女を気遣ってすぐそばに控えているのは、騎士服姿のアトレーユである。
「まぁここは大丈夫だろう。これだけの護衛がいて、そう簡単に手がだせるものではないさ」
そう言って鮮やかな笑顔を見せるのは、ジェデオンだった。彼は王女の護衛の為に、アトレーユ達と行動を共にしている。
もう一人の兄であるグリムネンは、現在は率いてきた騎士団の元に戻って、国境付近に目を光らせていた。
「失礼いたします!」
キャルメ王女達が控えている居室に、一人の兵士がやってきた。どうやらラーデルス王国の近衛警備隊の者のようだ。
「ノルアード様より皆さまに言伝がございます」
その兵士の言葉に、皆は一斉に彼に注目した。
「再びトラヴィス王国の者による襲撃の可能性がございますので、このまま皆さまの身の安全を図るためにも、今しばらくの間こちらにとどまってほしいとのことです」
トラヴィス王国の言葉が出て、部屋の中は騒然となった。
「どういうことだ!?奴らは我が国の軍隊が追い返したのではないのか!?」
エドワード王子は怒りをその兵士にぶつけた。
兵士は王子の怒りに対して恐縮しながらも、自らの仕事を終えたので、そのまま部屋を辞した。
アトレーユ達はようやく状況を理解し、再び王女の身に危険が及びつつあることを知った。
「……まさか先ほどの国王陛下のご様子は……」
キャルメ王女が何かに気が付いたように、ぼそりと呟いた。
その小さな言葉を拾ったのは、誰よりも3国間の状況に詳しいジェデオンだ。
「次は国王の命を狙いにきたか……回りくどいことをしていると思ったら、いきなり頭を狙うとはな……トラヴィスの奴ら、今までと大分手法が違っているようだ。これはよく調査しないと……」
ジェデオンも何か思うところがあるようで、ブツブツと独り言を漏らしている。
「兄上。これからどうします?」
アトレーユが兄にこれからの対処について尋ねた。
自分で判断するよりも、こういった計略に明るい兄の指示を仰いだ方がいい。そのことによって無理難題を言いつけられるのは承知の上だ。
「ふむ……そうだな、今はナイルが動いているはずだが……奴の知らせを聞いてからでも遅くはないだろう。今は護衛に専念してろ」
ジェデオンはそう言うと、真剣な表情で考え込んでしまった。
兄がこうなってしまうと、もはや話しかけても返事が返ってこない事を知っていたので、アトレーユは彼の言ったとおりに、護衛に専念することにした。
居室の中には、皆の不安な空気が重く沈んでいた。
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ナイルは選定の儀で国王が倒れたとの知らせを受け、すぐにジェデオンから城内の調査を命じられていた。
それまで彼は、ラスティグの断罪をなんとか防ぐために奔走していたわけだが、それを一旦中断し、事に当たっていた。
今は王女の護衛隊として、騎士の服に身を包み、王城内を堂々と走り回っている。ラーデルス騎士団や近衛隊の人間には、すでにストラウス公爵が話を通しているため、割と自由に行動ができた。
「この服、窮屈で嫌いなんだけどなぁ……」
ぶつくさと文句を言いながら、許可をもらって国王の居室や寝室などを調べる。
ストラウス公爵の話では、どうやらいまだトラヴィスの手の者が潜んでいるのではないかとのことだった。
ナイルは部屋をくまなく調べることよりも、使用人や侍女の話を聞いて回っていた。持ち前の順応性の高さと話のうまさを活かして、彼らからできるだけ情報を引き出す。
「ん~?特に変わったことはなかったですよ?陛下はいつも通りにお目覚めでした。朝食もいつもと同じように召し上がられましたし……」
国王付きの侍女が、今朝からの事を思い出しながら話す。
「陛下だけじゃなくてもいいから、何か他に思いつくことはない?なんでもいいんだ。頼むよ」
拝むように両手を顔の前にやると、ウィンクをして可愛らしくお願いをする。
ナイルの気さくな様子に、侍女たちは仕方ないなと笑って、必死で思い出そうとしてくれた。
「うーん。騎士様がそこまでいうならねぇ。あ、あの子が何か言ってなかったっけ?ほら、そこのあんた!」
年長の恰幅のいい侍女の一人が、丁度廊下を通った別の担当の侍女を見つけ声をかける。
呼び止められた侍女は、キョトンとした顔でこちらを見つめた。
「え?え?な、なんですか?」
大勢の人間に一斉に見られて、びっくりしているようだ。
「ほら!あんた今朝言ってた話!この騎士様に話しておあげよ」
そういって恰幅のいい侍女が、呼び止めた侍女の背中をバンバン押して、皆の輪の中に引き入れる。
「は、はぁ……」
何のことかわからず戸惑っている侍女に、ナイルは持ち前の人懐っこい笑顔をみせた。
「何か今朝、変わったことでもあったんですか?」
「え、えぇ……。これって何かの尋問ですか?」
侍女はこの状況に戸惑いを隠せないようで、中々話してはくれない。
「ちょっとね。少しだけ協力してほしいんだ。君たちに迷惑をかけるつもりはないよ?何があったのかを話してくれればそれでいい」
ナイルは艶やかな笑みを浮かべて、侍女の手を取りお願いした。
騎士服に身を包んだナイルは、ビシッと決まっており、なかなかいい男に見える。そして人好きのする性格だ。女性達の心をしっかりと掴み、話を聞かれていた侍女も、別の意味で戸惑い始めていた。
「そ、その、今朝のことなんですけど、えっと、私の担当しているお部屋のお客様が、突然いなくなっちゃって……」
「いなくなる?」
「あ、はい。結局もう王城に滞在はしないから、ご自宅に帰られるとのことだったんですけど……なんだか急だなぁって思って」
「それって誰なんだい?」
「あの……お名前は存じ上げません。えっと、大切なお客様とだけしか伺っていなかったので……。あ、燃えるような赤い髪のご令嬢です」
「!!」
ナイルはそれが誰を差すのか、当然心当たりがあった。そしてその事実に対して、点と点が線で繋がっていくのを感じ、次第に気分が悪くなっていく。
「彼女はいついなくなったんだ!?」
今までと違ってナイルの表情は険しいものだ。
「あ、あの、その、今朝がた退城のご挨拶を陛下にされるとおっしゃって、それからすぐ……」
その言葉を聞き終わらないうちに、ナイルは駆け出していた。
何故と叫びたい気持ちを必死に抑えて、彼女の姿を探した――




