1章103話 親子の想い2 第1王子ランデル
「……あれは、随分と前のことです。ノルアード様、貴方様の存在をまだ我々が知らなかった頃……第1王子のランデル様が亡くなられた時のことでした」
今はもう誰もその名を呼ばなくなった、幼い頃に亡くなった王子。この国を継ぐために生まれてきた子供。彼の名を後から王宮入りしたノルアードは、今まで知らなかった。
「ランデル様はとても聡明なお方で、早々に王太子となられることが、内々に取り決められておりました。ですが……」
ストラウス公爵はそこで躊躇うように言葉を切った。
第1王子の名前を人々が口にしないのは、ある噂のせいだ。ノルアードはそのことをよく知っていた。
「ランデル王子は暗殺された」
ノルアードはハッキリとそう言った。何故なら、彼自身がその噂を広めた張本人だからだ。
「……はい。その通りでございます」
公爵は畏まった物言いをしているが、ノルアードがその噂を広めたことを、とっくに承知していることだろう。そうやってサイラス王子とエドワード王子を、彼ら自身の後ろ暗い噂によって失脚させたのだから。
そう、ノルアード自身が王太子となる為に……
「当初犯人とされたのは、サイラス王子の母君でございました……ですが、それは間違いだったのです」
「――!?」
公爵のその言葉に、ノルアードは言葉を失った。自分で自分の血の気が引いていくのがわかる。
公爵はなおも言葉を続ける。躊躇いながらも。たとえ残酷な真実が、彼の義理の息子を傷つけることになったとしても……。
「本当の所はわかりません。ですが健康で問題のなかったランデル様が、突然亡くなったことは、やはり何者かによる暗殺だったと、今でもそう考えております。しかし事実がどうであれ、第1王子が亡くなったとなれば、必然的に疑われるのは他の王子の母親たち……」
ノルアードはどこか遠くにその声を聴きながら、あぁ、そうかと心の中で思っていた。
だから、父や母は必死に自分たちを隠そうとしたのだと……
「真っ先に疑われたのは、サイラス様の母君でした。しかし彼女は頑としてその疑いに立ち向かいました。……とても強い女性でした……」
第1王子と第2王子は1歳違いのはずだ。ノルアードが調べたところだと、ランデルは10歳でその生を終えている。当時サイラスは9歳、エドワードは7歳くらいのはずだ。年齢的にいっても、次の王太子になる可能性が最も高いのは、サイラス王子。
当然疑いの矛先はサイラス王子の母親に向かうだろう。
ノルアードが反芻するように、集めた情報のピースを頭の中ではめていく。
しかしそれで出来上がる構図は、果たして本当に真実だったのか。
その疑問を続く公爵の言葉が明らかにした。
「彼女は、サイラス様の母君は……その身を賭して潔白を訴えたのです。……自ら命を絶って……」
「!!……そんな……」
衝撃を受けているノルアードを、公爵は苦痛に歪んだ眼差しで見つめる。
今は王子となって、身分は公爵よりもずっと上の存在であるが、養父として、幼い時から見守ってきた彼の子供だ。
息子が何をして、何を望んできたか、養父としてわからないわけではなかった。
だが、彼らを取り巻く真実は、とても残酷で、それを知らせることなど、とてもできなかった。
それが彼の父親としての不器用な優しさだった。
「陛下はこの件で深く心を痛められ、ランデル様の死は病死とされました……また、同様にサイラス様の母君のことも……」
本当の犯人はもはや闇の中だ。
ただ、第1王子と、第2王子の母親の死という事実だけが残った。
そして当時の状況を知る妃たち……
ノルアードが事実だと思っていたことは、彼らによっていいように捻じ曲げられた事実だったのだ。
自分が王太子の座を手に入れる為にしたことは、なんと罪深いことだったのだろう……。
事実を知ったサイラス王子にとっては、ノルアードとラスティグの兄弟は、殺したいほど憎い存在だったに違いない。
「……そういった経緯もあったので、長い間、王太子の決定はなされませんでした。そして後継が決まらぬまま、陛下が何者かに毒を盛られたのです。……幸い命は取り留めましたがとても危険な状態で、身の安全を考慮して、病気ということで蟄居なさったのです」
それはわりと最近の出来事だ。
国王の病気によって、王宮が混乱している中、丁度ノルアード達も、王太子の地位を得る為に奔走していた。そしてそれは養父のストラウス公爵の掛け合いもあって実現した。
裏でそのような事情を抱えていれば、今まで表舞台に出ていなかった第4王子の存在は、逆に都合がよかったのかもしれない。
ノルアードはそんなことをぼんやりと考えていた。
今まで語られることのなかった事実に、ノルアードとラスティグの兄弟と、養父のストラウス公爵、実の父親の国王との間に大きな溝を感じた。
自分たち兄弟の安全の為とはいえ、彼らは状況が危機的なものになるまで、その事実を放っておいた。いや、無視していたといってもいい。そしてノルアードが自分が王子だと知っていると養父に告げた時も、彼らはその奥にある真実を言わないでいた。
たとえそれが優しさからくるものだったとしても、そのことを許せる気には到底なれない。
沸々とした怒りが込み上げてくる。
血のつながった家族、ずっと一緒に過ごしてきた家族、国王や他の王子、養父、その誰をとっても、そこに本当の愛で繋がっているものは一人もいなかった。
それは誰のせいでもない。この国自身の抱える問題が原因だ。
ノルアードは静かな怒りとともに、その問題を冷静に見つめていた。
彼が王太子になることを決意した理由がそこにはあった。
「陛下のお命を狙ったのは、サイラス様でした。どこかで母君の死の真相を知ったのでしょう。もしくはトラヴィスの人間によってか……もはやそれはわかりませんが。彼は……陛下と、この国を恨んでおいでだったのです」
サイラス王子も、ノルアード達と同じ、この国の抱える問題による犠牲者だ。
だが、それだけではない。サイラスに対してはノルアード自身にも罪がある。
ノルアードは自らの犯した罪に息苦しさを覚えながらも、それを真正面から受け止めた。自らが望んだことだ。その手を血で汚しても、望むものを手に入れると。その罪の代償を受け取る覚悟がないわけではない。
――だが……。
脳裏に美しい微笑を湛える、愛しい人の姿が浮かぶ。
心が引き裂かれるような思いがした。
「今回使われた毒は……、サイラス王子が使ったと思われる毒と……同じもののようでした」
「!?どういうことだ?」
弾かれたように、公爵に質問を返す。
サイラス王子はもはや亡くなっている。
それなのに国王に同じ毒が使われたとなると……
最悪の事態が考えられた。
「……そうか……そういうことか!すぐに警備の者を増員しなければ!」
「すでに私の部下を配置につけてあります!私はこの解毒剤をすぐに陛下のもとへ!」
彼らは慌ただしく、執務室を飛び出していった。




