1章102話 親子の想い1 義父と子と
「陛下の容態は?どうなんだ?」
ノルアードが国王の部屋から出てきた医者にむけて声をかける。
医者は渋い顔をして、首を横に振った。
「――くそっ!!」
感情を露わにしたノルアードが、近くの壁を拳で叩いた。
ノルアードにとっては、父親とも思っていない存在であったが、それでも目の前で倒れる姿を見て、自分でも驚くほどに取り乱していた。
「今は眠っておられます。薬が効くかどうかわかりませんが……」
医者は申し訳なさそうにそう言って頭を下げた。
「そうか……大声を出して悪かったな。陛下を頼んだぞ」
ノルアードは平静さを保つように、そういうと、すぐさま踵を返してある人物の元へと向かった。
その人物はいつも城内を動き回っているので、なかなか捕まらない。だが彼はその人物がどこにいるのか、見当をつけていた。
王城の中にある国王の執務室。彼はいつも国王の側にいて、その右腕として仕事をしていた。
執務室のあるのは、寝室よりも階下となる。
急いで階段を駆け降り、執務室へと向かう。
紅い絨毯の長い廊下の先にある両開きのマホガニーの扉がそうだ。
外の護衛の許可も得ず、その扉を駆けてきたそのままの勢いで開け放つ。
中にはやはりその人物が立っていた。
「義父上!」
そこにいたのは、ノルアード王子の養父であるストラウス公爵であった。
「ノルアード様。どうしてこちらに?」
公爵は驚いた表情を見せると、すぐにその感情を鉄面皮の下に隠した。
彼は家族に対しても、いつもこの様子だ。
それは彼が関わっている仕事が大いに関係している。
「義父上はご存じなのだろう?陛下のあの症状……あれは毒によるものだと」
ノルアードは確信をもって、ストラウス公爵に詰め寄った。
「――っ!」
彼の鉄面皮が崩れ去る。みるみるうちにその表情が強張っていくのが分かった。
「義父上はここで何を探していたのです?一体だれがその毒を仕込んだのですか?貴方は何かを知っているからここにきた!違いますか?」
ノルアードは激しい感情のままに、言葉を続けざまに放つ。それは公爵に今にも掴みかからん勢いだった。
「……殿下……なぜそのようなことを……」
明らかに何かを隠している様子なのに、なおもしらを切ろうとする公爵に、流石のノルアードも堪忍袋の緒が切れたようだ。
「私はそんなことを聴いているんじゃない!!貴方たちはいつもそうだ!何も知らせない!何も伝えない!それでどれだけ私たちが苦しんだのかわかっているのかっ!!」
ノルアードの激しい怒声が部屋中に響き渡る。
これにはストラウス公爵も、流石に驚きを隠せないようで、困惑し、言葉を失った。
「以前の国王の病気についてもそうだ!あれは病気などではなかった!そうなのだろう!?」
ノルアードの強い勢いとその言葉に、ストラウス公爵は恐縮したように黙ってうなずいた。
公爵の返事に些か冷静さを取り戻したノルアードは、自らの予想を口にした。
「やはり……前も毒を使われた、そういうことなのだろう?」
ノルアード王子はそこまで言って、全ての糸が繋がったような気がした。
項垂れているストラウス公爵に向けて、思いついた人物の名を告げる。
「……サイラス」
公爵の肩が揺れた。固く握りしめた拳が、微かに震えている。
国王と公爵が長年隠していた事実が今、ノルアードの言葉によって暴かれようとしている。
「サイラスがやったのか……?」
ノルアードは公爵に近づくように一歩前へ進み出た。
公爵はもはや隠しきれないと悟ったのか、その重い口を開き始めた――




