1章101話 選定の儀2 予想外の結末
国王の足取りは心許ない。先ほどよりも具合が悪くなっているのか、今にも倒れそうなほどふらついてた。
「……王太子の選定をするにあたり、ロヴァンス王国の姫君との縁組をその絶対条件とし、……王女の意向を最大限尊重する……キャルメ殿、貴女の考えを……」
国王は何とか言葉を絞り出すと、キャルメへと発言を交代した。
キャルメ王女はその国王の言葉を受け取ると、前へ進み出て発言をした。
「私は、ロヴァンス王国第3王女の、キャルメ・デローザ・ロヴァンスです。皆さまもご存じの通り、ラーデルス王国の次期国王となられる方の妃となるべく、この国へとやってまいりました」
凛とした声と表情で、その場にいる者たち全てに語り掛ける。
王女のその堂々とした姿に、人々は魅入り、広間は静まり返った。
「私はこの婚姻に際して、初めのうちはお相手は、どなたでもいいという考えでした。王太子となる方であれば、その方の元へ素直に嫁ぐつもりでした。ですが……」
そこで一旦言葉を区切るキャルメ王女。そして玉座のある数段高いところから、貴族たちとともにあるノルアード王子を見下ろした。
――――目と目が合う。
かすかにノルアード王子が笑った――――
「私は先日の舞踏会にて、ノルアード王子の求婚を受け入れました。私の夫となる方は、ノルアード様、ただお一人ですわ!」
声高らかに王女はそう宣言した。
途端に広間の中は騒然とした。歓喜の声をあげる者、怒号をまき散らす者、様々だ。
「キャルメ!」
そんな中ノルアード王子が声を上げ、王女に近づく。
「ノルアード様!」
キャルメ王女もノルアードの名を呼ぶと、彼に向かって走り出した。数段ある階段を降りると、その途中でノルアードに抱きとめられる。
まるで運命で惹き合う恋人同士のように、彼らは堅くお互いを抱きしめ合った。
騒然としていた人々が、あっけにとられてその様子を見つめていた。
「……こんな手で来るなんて悪い子だな」
王子は腕の中の王女に向けて、困ったような笑みを見せた。
「あら、この方が感動的で素敵でしょう?」
うふふと悪戯っぽく王女は笑った。
確かにそうだ、とノルアードも一緒になってクスクスと笑い出す。
その二人の幸せそうな様子は、争っていた貴族たちの毒気をすっかり抜いてしまった。
政略結婚では不仲になる事の多い歴代の国王と正妃。
しかし誰の目から見ても、ノルアード王子とキャルメ王女の二人の婚姻は、うまくいくだろうと予想ができた。そしてその二人の紡ぐ未来に希望の光が差すであろうことも。
もはや反対していた貴族たちも、今はその口をつぐんでしまっている。しかしこの状況を面白く思っていない人物が一人だけいた。
それはもちろんエドワード王子だ。
彼はこの状況を理解できていないようだった。
舞踏会の夜、彼は朝までそのまま客間で寝ており、気を利かせた周囲の人間が、ノルアード王子とキャルメ王女の件を伝えていなかったようだ。
「どういうことだ!何故勝手にそのようなことになっている!?」
ずかずかと大股でノルアード達に近づいて、ものすごい表情で彼らに凄んだ。
そんなエドワードに対して、ノルアードはキャルメを、自身の背中にかばうようにして隠すと、険しい表情をして言い放った。
「兄上。貴方は舞踏会の夜、どこで何をされていましたか?それを今ここで説明できるのですか?」
ノルアード王子はキャルメ王女から事情を聴いていた。勿論キャルメ王女も、ティアンナ自身からその詳細を聴いていて、エドワードに対して激しい怒りを覚えていた。
作戦の為だったとはいえ、ティアンナが危険な目にあったことに、責任を感じていたが、当のティアンナは、いい経験をしたと実にカラッとしたものだった。
「……それは……」
ノルアードに詰め寄られたエドワードは答えに窮し、無様に言葉を詰まらせている。
実際の所、ティアンナとは何もなかったわけだが、朝まで酔いつぶれていてよく覚えてはいなかった。
だが妃選びの舞踏会にて、立太子の為に射止めなければならなかったキャルメ王女を、ほったらかしにしていたという事実は消えない。ましてや王女の護衛騎士であるティアンナを、自分のベッドに誘おうとしていたのだから。
エドワードは憎々し気に、ノルアードを睨んだ。
そんなエドワードをノルアードは、すました表情の中に、口もとだけ嘲るような笑みを浮かべて、見返してやった。
その表情をみて、エドワード王子は激高した。顔を真っ赤にして、当たり散らす。
「反対だ!!なぜならばお前の義理の兄は、サイラス王子を殺したんだぞ!王族殺しだ!!大罪人を兄に持つ男が、次期国王に相応しいわけがないっ!!」
エドワードが大声で叫ぶ。
――その瞬間
玉座のある階段の上から、大きな影が倒れてくるのがノルアードの目に映った。
「危ない!」
慌ててその影をよけるように、キャルメ王女をかばうと、凄まじい音があたりに響いた。
――倒れてきたのは国王のホルストだった。
彼は胸を苦しそうに抑え倒れている。
「陛下っ!!」
慌てて皆が駆け寄る。
――顔が土気色をしている。
尋常じゃない汗をかいており、階段から落ちた時に頭も打ったようだ。少し血がでている。
「早く陛下を寝室まで運べ!それと医者だ!医者をすぐに呼べ!!早くしろっ!!」
ノルアード王子がすぐさま周りの者達へと指示を飛ばす。
エドワード王子は顔を引きつらせ、動けないでいた。
キャルメ王女もまさかの事態に驚き、蒼白な面持ちで事態を見守っている。
こうして選定の儀は混乱の中、終幕を迎えた――――




