1章100話 選定の儀1 激しい議論
妃選びの舞踏会から数日後。厳かな雰囲気の中、国王の登場と共にファンファーレが鳴り響いた。
王宮の大広間では、主だった高位の貴族や、そして第3王子、第4王子の姿があった。
玉座には国王が座し、その傍らには、ロヴァンス王国の第3王女キャルメの姿がある。次期国王となる王太子を選定するためのものであるので、キャルメ王女以外のロヴァンス王国の人間は、今はこの場にいない。
ファンファーレが鳴りやむと、国王は玉座から立ち上がった。居並ぶ人々は、皆国王に向かって最上の礼を尽くす。
その様子を国王ホルストは落ち着いた眼差しで見やりながら、その時を待った。
中天の日差しが玉座の間に、窓から燦燦と降り注いでいる。
そして国王は厳かに口を開いた。
「後継の王となる、王太子の選定の儀を始めることをここに宣言する」
国王の宣言と共に、侍従が側から書状を国王へと渡した。
「まず初めに、王太子となる条件を満たす者。第3王子、エドワード。前へ」
「はっ!」
鋭い声でその名を呼ばれたエドワードは、背筋を伸ばし、堂々とした様子で皆の前へと一歩出る。
「次に王太子となる条件を満たす者。第4王子、ノルアード。前へ」
「はっ!」
ノルアードも同じように前へ出て、エドワードの隣に立つ。
エドワードが嫌な視線をノルアードに流してきた。
ノルアードはそれに気が付かないふりをして、真っ直ぐに前だけを見ていた。
「今回の選定の儀は異例である。すでに第4王子が立太子していたが、それも一時的なもの。第2王子、第3王子の不祥事の噂などが続き、王家の存続を危ぶむ声が生まれたからである。しかし私はここで、どの王子にも平等にその立太子の権利を復活させようと思う。今はすでに第2王子は亡く、第3王子、第4王子のみがその対象であるが、この国の行く末を左右する決定であり、どちらが最も次期国王に相応しいのか、この選定の儀によって決めることとする」
国王の言葉の後、主だった貴族達によって、どちらの王子を推薦するのか、一人一人の口からその理由と共に語られる。
最終的な決定は国王の手に委ねられているが、主要な貴族の反発を買う可能性も出てきてしまう為、十分な協議をしたうえで、落としどころを見つけるというのが狙いである。
「私は第3王子のエドワード殿下を推挙いたします。長きに渡って我が国の王子として、公式行事に出席をした実績もあり、我々貴族との縁故も深い。王家と貴族間のつながりこそ、今は重要ではないかと存じます」
ある一人の貴族の意見に、そうだ、そうだ、と賛成の声が上がる。
「私も、第3王子を推挙いたします。王位継承を混乱なくする為にも、年長者が継ぐのが順当ではないかと」
以前はサイラス王子を推していた貴族の発言だ。それからも多くの貴族の意見があったが、やはり優勢なのは、第3王子のエドワードのようだった。
エドワードとノルアードは貴族達の様子を黙って見守っていた。
そんな状況の中、ノルアード王子を推す貴族も中にはいた。
「私は第4王子のノルアード殿下を推挙いたします。すでに王太子としての実績があり、それを見事にこなしていらっしゃったと私は思います。また、大国であるロヴァンス王国との縁組についても、ノルアード殿下のご英断とか。トラヴィス王国との戦があり、またいつ諍いが起きるとも限らない中、ロヴァンス王国との縁が深まるのは、我が国にとっては非常に重要だと考えます」
その意見に対しても、賛成する貴族もチラホラ見受けられた。舞踏会でのノルアード王子とキャルメ王女の様子が、貴族たちに少なからず影響しているのだろう。
キャルメは、ラーデルス王国の国王と共に、その協議の様子をじっと見守っていた。
国王には、キャルメ王女の意見も十分に考慮に入れるとのことであったが、実際にはどうなるのかは、まだわからない。
キャルメ王女はチラリと国王の様子を盗み見た。
威厳のある声で先ほどは宣言をしていたが、今は疲れ切ったような顔をしている。顔色がとても悪いようだ。額から玉のような汗を噴き出している。
「恐れながら陛下。お身体の具合がよろしくないのではございませんか?」
心配になったキャルメ王女は、小声で国王に尋ねた。
「いや……そうだな。確かに少しばかり……ご心配をお掛けして申し訳ない、姫君」
国王は渋い表情をして、気丈に振舞おうと努めているが、どうやら本当に具合が良くないらしい。
キャルメ王女は少し休んではと提案したが、この選定の儀を放って国王が退席することはできないと断られてしまった。
そんな国王の様子とは関係なく、選定の儀での貴族たちの議論は熱を帯びていった。
「君達の意見は偏っている!そんなことでは我が国は立ち行かなくなるだろう!今こそ新しい風を呼び込むための選択をするべきではないのか!?」
「馬鹿な事を言うな!これまでの歴史を繋いできたのは、古くからの体制があってこそだ!それをないがしろにして、国が倒れることになってみろ!貴公はどのようにその責任をとる!」
激しい議論が交わされ、それこそ掴み合いになりかねない様相を呈してきた。ここまで議論がこじれると、貴族同士の対立が決定的なものになってしまう恐れがあった。
そこでノルアードが貴族たちの前へと歩を進め、彼らに向けて声をかけた。
「ここは陛下のご意見と、ロヴァンス王国のキャルメ王女殿下のご意見を伺ってみてはどうでしょうか?」
ノルアードの発言に、貴族たちに反対の声はでなかった。
「恐れながら陛下、お願いできますでしょうか?」
貴族たちの賛同を得て、ノルアードは玉座の方へと向きを変え、国王の意見を賜るよう願い出た。
「……あぁ」
国王は玉座から立ち上がると、前へ進み出た。




