9話
僕が麻酔から覚めると横に渡辺さんが立っていて、
「目が覚めましたね。悪いニュースですよ。
婚約者の方に病気のことがバレました。」
「何でですか?」
「加瀬先生がご両親に伊波さんの病状についての報告をされていたら、突然現れたらしいです。心当たりはありますよね?」
「結婚式の招待状を届けに?」
「そうです。サプライズで行ったのでご両親はまったく警戒してませんでした。」
「それで、どうなったんですか?」
「今、病院に来られていて、加瀨先生が説明されてます。
やはり、婚約者の方は記憶を全部消してでも生きていてほしいと仰っているみたいですよ。
僕もどう意見です。」
「なんでそんなこと言うんですか?
研究の結果がでないからですか?
最初からあなたはそうでしたよね。」
パニックになっている状態で、考えもせずに責めてしまったと後悔すると渡辺さんは黙って一冊のノートを差し出して、
「僕の兄の日記です。兄も同じ病気でした。とりあえず見てください。」
僕はノートを受け取り、読んでみた。
始めはいつか治ると信じて何を忘れたのかを箇条書きで書いてあり、日が経つに連れて悲壮感が高まり、そして最後のページは涙の落ちた後がたくさんあり、
『忘れたくない、忘れたくない、忘れたくない…………………………、でも、死にたくない。』と書かれていた。
忘れることへの恐怖、自分の死への恐怖が文面から伝わってきた。
「お、お兄さんはどうなったんですか?」
「安定期に入ったあとの最大の恐怖はフラッシュバックという現象です。忘れたことが一気に蘇り、脳が耐えられなくなって死に至ります。
兄は忘れたくないことをノートに書いていて、それを読んだことがきっかけでフラッシュバックが起きて死にました。
僕は兄と同じような人を出したくないから研究者になったのにまだ見つけられてないんです。
兄と同じような患者を救うすべを。」
「でも、それでも、僕は忘れたくない……………」
脳裏には紗英がいろんな場面で笑っているところが浮かぶ。あれ?あそこはどこだっけ?こんな場所があったけ?紗英との記憶にいろんなものが混ざりだし、頭を締め付けるような頭痛がして僕は倒れ込んだ。