6話
「それでは、22歳から現在の27歳までの5年間の記憶を消していきます。教養と専門的知識を併せて、脳の容量は38%ほどを占めてます。
それに毎日の生活の中で積み上げられていく知識を踏まえると68%ほどが現在の容量になってます。
延命に必要な最低ラインは50%くらいを見込んでいますので、仕事関係のこと、あとは婚約者の方と生活する上で重要なこと以外は消して頂いた方がいいと思います。」
渡辺さんの説明が終わり、機械が頭を覆った。就職後のあれこれを見ながら必要なものを残して行く。
そして僕はある記憶で消去の作業をストップした。
あの日の記憶、絶対に忘れたくない記憶………………………
銀杏並木が黄色い絨毯を敷き詰め、その上を空を仰いだ人達の列が右から左、左から右へと移り変わっていく。
「あの…………………ハンカチ落ちましたよ。」
紅葉のような赤色のハンカチを拾い上げ、女性に話しかけると驚いた顔をして、笑顔で
「ありがとうございます。」
そう言った笑顔が眩しすぎて、僕はハンカチをを持ったまま固まってしまった。
これが世に言う一目惚れなのだろう、僕は生まれて初めて一目惚れをして、そのままナンパのような形で彼女をお茶に誘った。
あの笑顔を今でも鮮明に、こんな機械などなくても覚えている。
これが紗英と初めて出会った時だったのだから。