3話
病院の奥の奥にある部屋で大きな機械の前にある椅子に座っていると、
「それでは伊波さん、この前は幼少期の記憶を全体的に消しましたが、それでも脳への負担率はマイナス10%くらいです。
基本的に幼少期の記憶というのは潜在的にあるものなので、脳の容量を占める割合としては軽微だからです。
今回は小学生と中学生の併せて9年間の記憶を消そうと思います。
今から機械を使って脳の中にある小学生から中学生の記憶をピックアップします。
その記憶の中から、忘れたくない記憶を考えて決めてください。
選ばなかった記憶は完全に消去されて、二度と戻ることはありません。
なお、生きていくために必要な最低限度の知識に関しては消すことは避けたいと思いますので、例えば義務教育で習ったことや高校で学習したこと、伊波さんが働く上で重要な知識に関してはギリギリまで消さないでおこうと思います。
よろしいですね?」
「そうですね、仕事ができなければ彼女と生きていけないですからね。始めてください。」
僕が言うと頭上にあったヘルメットをかなり大きくしたような物が降りてきて、僕の頭を覆った。
頭の中がしびれるような感覚が三秒くらいして、目の前に画面が表示され、そこに2500くらいのチャプターが現れた。
「伊波さん、そのチャプターの中から必要なものを選んでください。
ただ、どれがどの記憶かはわからないので一つずつ確認しながら必要ないものをその場で消すといった感じで進めてください。
かなり時間のかかる作業ですから、疲れたり、休憩したりしたくなったら手元にボタンがあるのでそれを押してください。」
「わかりました。」
「じゃあ、私は他の診察があるので失礼しますが、研究員の渡辺君がいますので、何かあったら彼に聞いてください。
じゃあ、渡辺君よろしくね。」
「はい、伊波さんもよろしくお願いします。」
まだ顔を見たことのない渡辺さんは明るい声の人だった。
「よろしくお願いします。」
僕もそう答えて、早速作業に取りかかった。
小学校の入学式、各年の運動会や音楽会、修学旅行、友達と遊んだ記憶、そして卒業式。中学校の入学式、部活を頑張ったこと、そして卒業式。
たくさんの記憶を改めて見てみると、恥ずかしすぎて顔が赤面してしまった。聞いてはいなかったが渡辺さんもチェックしているのなら、かなり恥ずかしい話だなと思った。
とりあえず恥ずかしい記憶から消していき、今の自分に必要かどうかで判断して消していく。
途中で何回かトイレに行ったりもしたが、渡辺さんの顔を見ることはできなかった。オペレート室に籠ったままだったからで、すべての作業を終えると、開始してから4時間が経っていた。
「伊波さん、お疲れさまでした。
それではこれから、消さなかった記憶を脳に戻す作業を行います。
この作業中は麻酔で眠ってもらいますので、起きたらお帰り頂く形になります。」
渡辺さんから説明を受けて、疑問に思ったことを聞いてみた。
「渡辺さん、授業を受けてるところとかも消してしまったんですけど、忘れてはいけない知識はどうなったんですか?」
「ああ、それは僕の方で確認して、消す前に授業のところだけを切り取る作業をしてたんですよ。
でも、あれだけたくさん消したのに負担率はマイナス25%くらいですね。」
「それってどうなんですか?」
恥ずかしい記憶を見られていたことに赤面しながら、話がそこにいかないように聞いてみた。
「そうですね、一週間もあればもとの負担率に戻るくらいですね。
次回からはもう少し思いきって消してみた方がいいかもしれないですね。
まぁ、今日の成果は加瀬先生にお伝えしときますので、診察時に相談して見てください。
ただ、僕の見解としては全部の記憶を消してしまって新しい人生を始めた方がいいと思いますけどね。
あっ、麻酔入ります。」
僕は言い返そうとしたが、麻酔の効き目もあって眠りに落ちていった。