10話
「修也、修也・・・・・」
紗英が僕を呼ぶ声が聞こえる。うっすらと目を開けると大粒の涙を流して、僕の手を握っている紗英の姿が見えた。その後ろには加瀬先生が見えたので、
「・・・ど…どうなったんですか?」
「フラッシュバックが起きました。
幸い、装置の近くで倒れられたので、渡辺君がすぐに対処できて、即死は免れました。
しかし、今後も同じようなことが起きる可能性は・・・・否定できません。」
加瀬先生は苦しそうに言う。僕は紗英の手のぬくもりを感じながら
「ごめん、紗英。
こんなことになる前に治したかったんだけど・・・・・」
「バカ、私のことなんか忘れたらよかったんだよ。」
紗英は顔を伏せたまま涙だけが床に次々に落ちていく。
「他の全部を忘れてでも、一分、一秒でも紗英と一緒に・・・いたかったんだ。
他にどんな大事なことがあっても、両親みたいに他に大切な人がいたとしても、僕の一番大切なのは紗英だったから。
今は、とても幸せな気分だよ。僕の中には紗英しかいないんだから。」
「バカ、バカ、バカ・・・・・・」
紗英はずっと顔を見せてくれない。怒っているのは当然だろう。騙し続けてこんなことになって、許して貰えるわけもないだろう。
そんなことを思っていると、紗英は顔を上げた。涙が流れ続けている顔に笑顔を作り、
「みんながいる前で恥ずかしい事ばっかり言わないでよ。」
僕もそのことに気付いて恥ずかしさを感じたが別に気にならなかった。
「ごめん・・・」
「生きてたら・・・・・」
かすれるような声で紗英が言い、そしてはっきりと
「生きてたら、何度だってやり直せばいいじゃん。
忘れたら、新しい思いで作ればいいじゃん。
何でそんな簡単なこともわからないの。」
責めているわけではないのだろう。でも、僕には思いもつかない発想だった。
やっぱり、紗英は最高だな。僕にない考えを僕に与えてくれる。
「そうだね・・・何度でもやり直せばよかったんだね・・・」
僕はあまり動けない体を少し加瀬先生の方に向けて
「先生・・・・僕の記憶を・・・・全部消してください。」
「それを伊波さんが望まれるのでしたら・・・・・・」
加瀬先生はそう言って、機械の操作を始めた。
数分もしないうち準備は終わり、
「このボタンを押すと…………………完了です。」
加瀬先生が言い、激痛に耐えながら紗英に最後の言葉を言った。
「生まれ変わっても、紗英を愛せたら良いな……」
紗英は僕の手を握って目に涙を浮かべて頷いた。
「押します。」
渡辺さんの声と共に意識が薄れていった。