幽霊
「ねえ、満彦、なんで芸能人って不倫する人が多いのかな?」
俺の家に住み着いている幽霊の英里がそんなことを聞いてくる。
「おまえ、詳しいな」
「ある程度知っとかないと世間話ができないよ」
俺が感心すると、英里が呆れたように注意してきた。俺だってそんくらいは知っているし、幽霊のおまえに言われたくないな。
「なんであの人たちは不倫が多いの?」
同じ疑問を聞いてくる。
「色々言われてるな。お金があって生活に困らないから、離婚の慰謝料を何とも思わないとか。その手の性関連にズボラとか」
まっとうな人は芸能人にならないから、ほぼ異常者しかいないとか。それらを教えると、英里は不愉快そうな表情した。まあ、特に最後の理由とか偏見すぎるから、英里の表情は間違っていないけれども。
「まあ、そんなこと言う奴らなんか気にすんなよ」
「愛があれば、不倫なんかしないのに」
なんであの人はああなんだろう、と落ち込んだトーンで英里が呟く。確かにその通りだが、彼らなりに理由があるんだろう。
こうやって、幽霊と仲良く会話するなんてあの時は思わなかったな。
俺は宿題を終えた。しかし、時間がたくさんあったから、来年の受験にいりそうで、今できる科目の勉強をしよう。俺は大学受験用の数学の問題集をすることになった。
「ねえ」
何か俺を呼ぶ声が聞こえてきたような。問題集から顔を上げて、キョロキョロと周りを見る。誰もいない。気のせいだったか? 俺はそう考えて、問題集に戻る。
「私が見えない?」
いきなり目の前に少女が現れた。俺は幻覚を見ているのかと考えたが、その人物? にはお見通しのようで、幻覚ではあることを否定した。
「幻覚じゃない証拠はあんのか?」
「ないよ。でも、あんたの五感は私を知覚しているでしょ」
これが証拠だと言わんばかりにどや顔をする少女。幻覚の否定になっていないだろ。
「まあ、いいや。んじゃ、おまえは何者だ?」
「幽霊だよ」
当たり前だよね、と俺を馬鹿にする。当たり前ではないし、んなオカルトを信じろ、という方がおかしいな。
「おまえに実体があるか触っていいか?」
俺の要求に自称幽霊は頷いた。え、自分で言っといて何だが、良いのか? 一応同い年くらいの女子相手に若干抵抗はあるが、真偽の確認のため、手を握ってみる。あれ、握れない。手を振ってもスカスカとなる。
「おまえ、ホントに幽霊なんだな」
「さっきからそう言ってるよね」
幽霊は肩をすくめて苦笑いをした。それから、思い出したような表情になった。
「でも、こうすれば」
すると、幽霊が俺の腕をつかんできた。うお、どういうことだ?
「あんたに触れることができるよ」
「どうやったんだ?」
得意顔で説明する幽霊に具体的な原理を聞く。しかし、口で説明できないね、と断られた。
「私が触りたいと思えば、触れるんだよ」
「俺からはできないってことだな?」
そうだよ、と幽霊が答える。なるほど、それは分かった。だが、何故ここに住み着いているのか、いつからここにいるのか、何故今姿を現したのか、質問してみる。
「そんないっぺんに聞かれても、答えられないよ!」
顔をしかめて拒否する幽霊。そういえば、そうだな。
「結構前からここにいるよ。住み着いている理由は生前にここに住んでいたからだよ。前々から姿現してるけど、あんたが知覚しなかっただけ」
しかし、何だかんだ言っていっぺんに説明してくれるあたり、いい奴なのかもな。
「おまえ、未練とかあんの? どうせ」
「ない」
「ある、え、ない?」
うん、とあっさり頷く幽霊。普通幽霊って未練があるものじゃないの? まあ、幽霊という概念は詳しく知らんから何も言えないが。
「えっとね、ずっと言いたかったことなんだけど、あんた遠くない内に死ぬよ」
さらりと衝撃発言をする幽霊に俺は一瞬つまる。
「お、おいおい、どういうことだ! それは本当か? 本当ならどうして早く言わないんだ! 死因はなんだ! 遠くない内って具体的な日付はいつだ?」
「落ち着いて!」
ピシャリと言われ、俺は少し冷静になった。
「すまん」
「いいよ。1つずつ説明するから」
さっきみたいに一気に話して欲しいが、仕方ない。
「えっと、さっきも言ったけど、あんたが私を知覚したのが、今なんだ。要するに、教えられなかったの」
「そういえば、さっき言ったな」
うん、と頷いて幽霊は続きを話し出す。
「死因は分からないよ。具体的な日時も分からない。遠くないということしか分からない」
「つまり、なに一つ分からんつーことか」
なに一つじゃないよ! と不機嫌そうに否定した。いや、ほぼ全部分かってないだろ。
そっか。俺その内死ぬのか。
「そういや、おまえの名前なんてんだ?」
「英里だよ」
「そっか。俺は満彦だ」
「よろしく」
「よろしくな」
「でも、急にどうしたの?」
別におかしくないような。
「霊媒師とかに頼んで私を成仏させようと思わないの?」
不思議な者を見る目で英里は言う。
「幽霊自体一般的に信じられてないし、霊媒師とかも胡散臭いからな」
俺は答える。得心がいった英里は微笑んだ。
まあ、寿命まで生きていきますか。
こうした経緯で今こうしている。俺は英里と過ごすことに最初から抵抗はなかったけれども、最近ますます抵抗感がない。良いことなのか悲しいことなのか。
次の日に俺は高校で友人と話している。
「なあ、幽霊っていると思うか?」
「は? いるわけないだろ」
友人が変人を見る目付きで否定する。まあ、そういう反応だよな。
「満彦、おまえまさかそんなこと信じてんの?」
「いや、信じてねえよ」
嘘をついた。信じる信じない以前に、実物が今家にいるからな。危ない奴扱いが確定されるから、口が裂けても言わないが。
「なら良いけど。くれぐれも異常者にならないでくれよ」
「分かってるよ」
うーん、こいつに相談は無理そうだな。死の回避方法とか考えたかったけれども。
「なあ、英里。おまえってこの家に住み着いているが、ここから外に出れんの? あと、俺が死ぬのを防げないのか?」
「いっぺんに聞かないでってば」
うるさそうに表情を歪める英里。
「出る必要がないだけで、どこへでも行けるよ」
あんたが死ぬのは変えられないよ、と哀れそうにつけ足す。まあ、分かってたが。だが、彼女が外へ行けると分かっただけ朗報だ。
「んじゃ、俺と二人でどっか行かない?」
「いいよ」
「おっ、一緒に来てくれるか」
「うん」
よし、決まりだ。今度出かけるのが楽しみだ。
川原に俺と英里がいる。周りには誰もいない。ここに着くまで、お互いに小声で喋っていた。標準の声では周りから異常者扱いされるだろうからな。
「どうだ、外の風景は?」
「うん、風が気持ちいいね」
「こういったところは初めてか?」
「ううん、ずっと前には来たことあるよ」
久し振りだけど、と英里は嬉しそうに加える。まあ、1度も来たことないなんて言われたら、色んな意味でどうしようかと焦ってしまうわ。
「成り行きとはいえ、俺に付き添ってくれるなんて、感謝してる」
「こっちもだよ」
俺たちは微笑み合った。
あれから月日が経った。俺は言うべきだ。
「なあ、英里」
「ん?」
何? と言いたげな瞳で俺を見る。その美しい目は俺を一時的に動かなくさせる。しかし、いつまでもグダグダしていてはいけない。嬉しい縛りに名残惜しくなりつつ、言う。
「英里。おまえが好きだ」
「え!」
俺の告白に驚く英里。そして、嬉しそうに頬を染める。緊張する。脈あり?
「でもね、私とつき合うとあんたは死ぬよ」
悲しそうに衝撃的な事実を突きつける英里。何だって?
「それホントか?」
「うん、ホント」
「なんでだよ!」
分かんないけどそういう決まりなの! と彼女は泣きそうな声で叫んだ。なんで。なんでうまくいかないんだ。
「だから、満彦とは付き合えないの」
好きだけど、と嬉しい補足情報を英里は口にする。そっか、両想いか。なら、迷う必要はないや。
「分かった。じゃあ、死のう」
「え? 今なんて?」
信じられないものを聞いた顔で英里は聞き返す。
「死ぬっつった」
あっさりと繰り返す俺に、彼女が胸ぐらをつかむ。
「あんた本気なの! 死んだら幽霊になって、2度と生きかえれないんだよ!」
「いい。おまえと付き合えるなら、問題ですらねえ!」
俺の本気の想いが届いたのか、彼女が胸ぐらからゆるりと手をおろす。そして、ポツリと尋ねる。
「後悔しない?」
「しない」
俺はきっぱりと言いきった。
「分かったよ。じゃあ、また会おう」
英里がそう言った途端に、俺の意識がかすれてきた。まずい、寝てしまう。俺は踏んばったが、悲しい抵抗だったようで、どんどん意識がなくなる。
「次は恋人同士だよ」
英里の囁きを最後に俺は意識を手放した。
あれから、俺は幽霊として家の中をふわふわ浮いている。英里の言った通り、俺は死んだ。けれども、彼女とイチャイチャできるんだから、不満は一切ない。
「英里」
「満彦」
俺と英里は名前を囁きあって、唇を合わせる。最高だ。
「これからもよろしく、彼氏さん」
「こっちこそよろしく、愛する彼女」