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永倉探偵事務所  作者:
7/43

7 追跡者の名前

「あんた、誰?」

 バックミラーに映った彼女は、先刻の動揺を微塵も残していない。まるでゲームを楽しんでいたかのように一時だけはやっていたが、それも去ってしまうとひょうひょうと現実に戻ってしまっていた。

 彼女は双二郎の問いに、彼女は再びちょんと眉を上げると、

「カノン。聞いてないの?」

 訝しげな眼差しを寄せる。

「加納?」

「カ・ノ・ン。ねぇ、本当にあんた、端野さん?」

 加納とカノンを聞き間違えるという痛恨のオヤジ的ミスを犯した端野は、納得いかない様子で口を尖らせた。

「確かに端野さんですが。あーた、本当に誰なの?」

「だからカノン。耳、腐ってんの?」

「素姓その他を明らかにして欲しいなってことなんですけど。菊ちゃんのお知り合い?」

「キクチャンって、誰?」

「永倉菊次郎」

「それ、時代劇俳優か何か? 私、テレビ見ないから。……ほら、青」

 彼女が信号を指さす。

 双二郎は後ろを確認してから、仕方なく言うなりに発進させた。

「さっきの、何? 拳銃持ってたけど、ヤクザじゃないよね」

 端野が恐る恐る聞いた。

「ないない」

 女子校生のような気楽さで答える。あるいは気楽さを装っているのか。

 雨風をしのげなくなったハイエースは、シティホテルに横づけしたら目立つだろう。彼女は吹きこむ雨滴を避けながら、座席に舞い散っているガラスの破片を素手で無造作に払った。

「名前は分かんないけど、背の高いテノール歌手みたいな声のおじさんと、さっきの問屋街で七時に待ち合わせてたの。それが、七時過ぎてから急に連絡がきて、アロハシャツの端野って人間を迎えによこすって。ずっと待ってたのに、もう八時過ぎてるじゃないのよ!」

 八時過ぎてるじゃないのよ、と言われても、連絡が来たのがついさっきなのだから仕方がない。仕方はないのだが、それを言うと話が先に進まないようなので、文句は自重することにした。

「で、待ちぼうけくらってたら、あの連中に見つかっちゃって。見たでしょ、さっき? 本当は四人いたんだけど、二人はどっか言っちゃったみたい。赤い線の入った白い服はやつらのシンボルなのよ。あ、やつらってのは、子羊の会の連中ね。それで逃げ回ってたんだ。まぁ、だけど、ホテルに……」

「羊さんの……何ですと?」

 散文的に拡散を始めた会話を収束させるべく、端野は言葉を挟んだ。風の音に負けているのか、それとも単に話が下手なのか、彼女の会話は聞き取るのに苦労しそうだった。

「子羊の会」

「子羊?」

「ま、表向きは慈善団体なんだけど、その実は宗教団体。逃げて来たの、あいつらからね」

「つまり、君も信者なわけね?」

「信者じゃないわよ。教祖様に近いわね。あいつら片手間に児童養護施設なんて運営してるの。未来の信者を育てるってわけね。そこにいたの。そっから脱走しちゃってね。そんで、あいつらが捕まえに来たってわけ」

「あぁ……なんか、やっぱ、ワケアリかも……。どうしよ、双ちゃん」

 蒼白な顔面で端野が問う。

 単なる児童養護施設からの脱走に拳銃男が追ってくるなどということがそもそもおかしいのに、さらに、カノンと自己紹介したこの少女はそれをおかしいとも思っていない節がある。そのことがおかしい。

 その上、二年も事務所を離れて放浪しているらしい永倉からの突然の預り物だ。

 さらにその上には、このファッションセンス。

 双二郎もまた永倉のことを知っているだけに、ここで現状を否定して良いものかどうか、汗をかきかき逡巡した。

「……俺に聞かないで下さい。転職するんだから」

「裏切り者ぉ」

「けどさ、あんたのいたその施設って、本当はなんなわけ?」

 双二郎は恐る恐る聞いた。

「拳銃持った人間が追いかけに来るような所?」

「人のこと「あんた」呼ばわりするようなやつには教えられない所よ」

 さかしげにそう応じて、カノンは雨に濡れた髪をつんと振ってみせた。

 先刻の銃撃で散々肝を冷やされた双二郎は、今ごろになって怒りにも似た衝動が湧き上がって来て、眉をピクピクと震わせた。

「お前……ぇ」

「とにかく、最初のおっさんとの約束では、この後にシティホテルに行くことになってたんだから、そこにつけて」

「この格好の三人組がこの車に乗って「地元セレブが集まるブランドショップモール」の上階にある「各界の著名人御用達」をうたうシティホテルのフロントまでたどり着ける訳ないだろっ。足を踏み入れただけで、即刻逮捕されてしまうわっ」

「大丈夫よ。私、この格好でホテルから出て来たんだから」

 何かの間に合わせのような服装だったが、どうやら最初っからこれを着て、台風荒れ狂う街中で堂々としていたらしい。しかし、若干浮いている自覚はあるようで、その点は助手席の一名よりは改善の余地があった。

「ほら、早くしないと手が回っちゃうよ」

 彼女はあごをしゃくった。

 釈然としない思いを残しながら、端野は運転者に従うように目くばせを送った。



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