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「なんで私がこの人を知ってると思うの?」
「知らない」
「いや、知らないけど」
「そうじゃなくて、俺は知らない」
「は?」
「JJが、君に確認しておいてほしいって。知ってることがあれば、話してほしいって」
紀一郎は眠そうに言った。
早朝のこの時間に、昨日と同じよれたジャージでいる所を見れば、多分徹夜で「仕事」とやらをしていたのだろう。にも拘らず、この時間までリビングにたたずみ、明らかに年少のフランス人形の言うことを復唱している大男を、カノンはいぶかしんだ。
「あの娘の母親を、私が知ってるって?」
「ん」
「あのフランス人形が言ってたの?」
「そうそう」
「なんで?」
「だから知らないって。この問答あと何回やる? 眠いんだけど」
紀一郎は薄く笑いながらカノンの手元を見ていた。
何かといぶかしんでいると、どうやらカノンがコーヒーを飲めないと見てとって笑んでいるようだった。
紀一郎は砂糖を出してカノンの目の前に置いてよこしたが、カノンはそれを無視してコーヒーに口をつけた。香りで飲めそうな気がしたのだが、口をつけた途端に後悔する苦みが広がった。しかし、カノンは憮然とした表情を保ったまま無理に飲み下した。
「まぁ、いいわ。私はこの人のこと知らない。そう言っといて」
「直接言ってよ。俺はもう寝るから」