31
カノンがキッチンカウンターに歩み寄ると、紀一郎はタブレットをよこした。
そこにはひと組の男女が写っていた。
たくさんのデスクが並ぶ一室。白いパーティションの前で底抜け明るい笑みを浮かべたアロハシャツの男と、上にパチンコ玉でも乗せられそうなほどの頑丈なまつ毛を建築した真っ赤な唇の女。男が肩を抱こうとしているのを、ひきつった笑みを浮かべた女はやや体を引いてかわしている。
「昨日会った」
カノンが男を指差すと、
「いや、そっちはどうでもよくて」
紀一郎は表示された画像を拡大した。
アロハシャツの男を画面からはじき出し、彩度の高い女性の顔も切れるほどに拡大したところで、女性の肩越し画面の端に、もう一人の小柄な女性の横顔が写った。
「この人」
解像度の限界を超えてやや不鮮明だったが、立ち去ろうと席を立ったところのようだった。鋭い眼が画面の手前を気にするそぶりで伏せられている。肩まで伸びた黒髪が、痩せた白いうなじに伸び、秀でた額を隠していた。
「……知らない」
「知子ちゃんのお母さんなんだって」
「知子ちゃんって、あの娘?」
カノンは寝室を指差した。
紀一郎は眉を上げ、
「似てるっしょ?」
じっと画面に目を凝らすと、不鮮明ながら画面の女性と目があった。切れ長の瞳は確かによく似ている。だが、全体的に小ぶりで整った顔立ちの少女に比べ、通った鼻筋や痩せたあごなど、女性の雰囲気は鋭かった。
「似てない」
「あー……うん、そうだよね。俺も似てないって思った。知子ちゃんは永倉さん似なのね」
前言を鮮やかに翻して、神妙な顔つきでうなづきながら、紀一郎はコーヒーを注ぎ、カノンによこした。