29
翌朝は台風一過の焼ける日差しで、地上のすべてが溶け出すような日だった。強風は続いており、街の淀んだものは浄化され、はるか下方、アスファルトに張り付く車のガラスに当たる光までが痛いほどの鋭さで空気を射していた。木々は強く揺れ、低く地面に頭を垂れた建物の合間を、鳥が驚くほどの速さで風に流されていた。
時々、どこかから洩れた反射光が天井を揺らいだ。
柔らかに流れる水のような眠りから引き上げられて、カノンはひとつ息をついた。
窓から射す光が、雲のようなシーツにしみ込んでいた。
ぼんやりと甘いまどろみに溶け込みながら、カノンは柔らかな枕の感触に浸っていた。
うすく伏せたまつ毛の合間から隣を見れば、昨日と全く変わらない姿勢で黒髪の日本人形が目をつむっていた。シーツには一片の乱れもなく、呼吸の有無を注視しなければ人間かどうかまどう様相である。
カノンはしばらくそれをぼんやりと眺めていた。
高層マンションにもかかわらず、この部屋には風鳴りのひとつも聞こえず、揺らぐ気配もない。
規則的な日本人形の息づかいと、ドア越しに小さく聞こえるニュース音声が、眠りとの境界をあいまいにし、この部屋を昨日とまるで違う世界のもののように思わせた。
世界の連続性を取り戻そうとして、めまいを感じながらカノンは身を起こした。
空気はあくまで清浄で、光はさえぎられるものがなく降りそそぎ、雲はなく、暑くも寒くもなく、自分の体が生きていることを忘れてしまうような朝だった。
カノンはもう一度大きく息をつくと、ベッド端から立ち上がった。
ベッドサイドには、自分の持ち物が昨晩据えたそのままの位置に置かれていた。そこにだけ、淀んだ現実感があった。今日は昨日の続きだった。
ルームシューズに足を通してドアに近づくと、その向こうから天気予報のくぐもった声とガラスの当たる澄んだ音が聞こえてきた。
カノンはそっとドアを開けた。
朝日が斜めにさしかかるリビングにコーヒーの香りがたち、ソファの背もたれに頭をもたげている人の影が見えた。後ろ姿で定かではないが、どうやらこの家の主のようだ。
彼女が部屋から出ると、数歩も行かないうちに人影はのっそり振り返った。
やはり、昨晩一行を迎えてくれた主だった。
「びっくりした」
と、たいして驚いた様子でもなく、静かに彼は言った。
昨晩と同じジャージ姿で、大儀そうにソファにもたれかかっている。逆光ではっきりとはしないが、眠たげな様子だった。
それでも、カノンの姿を認めると座りなおし、わずかに笑みのようなものを浮かべた。
「眠れた?」