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「お、めーずらしい! ちゃんと金持ってくるなんて」
ヤニくさい息を吐いて、北大路は眉をあげた。眼鏡の奥で、しばしばした大きな瞳を皮肉めいた調子でゆがめた。
煙草の吸殻であふれたコーヒーの空き缶とA4の紙で、机の上は賑やかしくあふれかえっている。部屋の中に事務デスクは四つ設置されていたが、そのどれもがオーバーキャパの状態で、パソコンのキーボードにたどり着くには地震でも起きたほうが早いほどだ。
壁際に一つゴミの山のようなものが転がっているが、多分その中にいるのは人であろう。寝袋のようなものがごうごうという音とともにかすかに上下しているからだ。
虫をまとた蛍光灯の、その小さな明滅が二つ。
端野はにやりと笑うと、胸の前で裸のままの福沢諭吉をひらひら揺らした。
「へへっ、俺の甲斐性ってやつよ」
「あー、知ってる。今までマイナスだったもんねー」
北大路はキーボードに乗せていたこわばった手で眼鏡を上げた。拍子に何冊かの雑誌が机の上からこぼれおちたが、どちらの男も気にしなかった。ごうごうと規則的に響いていたいびきがふっと止まっただけだった。
北大路は椅子のキャスターを滑らせると、デスク下の段ボール箱の中に手を伸ばした。
「……何? 大きな仕事でもあったわけ?」
段ボールをかき混ぜながら、北大路は尋ねた。
「事務所、直ったの?」
「いや、借金」
虚勢という言葉が赤面するほどの率直さで端野は答えた。デスクの一角に遠慮のひとかけらもなく濡れた尻を乗せる。
「人徳と甲斐性さえあれば、無利息無担保で貸してくれる人っているのよね」
「おいおいー、東京湾に沈んでもいいけど、その前に俺の名刺破棄してくれよな……って、あー! おい、座るなよ! 原稿!」