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「俺、あの人の生き方好きだもん。見てるだけなら大好きなくらい。でも、できる限り俺から離れたところで幸せになってほしいと思ってるだけ」
「それは、「無関心」という名の「嫌い」では……?」
双二郎は脱力してダイニングソファに倒れこんだ。
ダイニングの中央にはスイス製のグランドピアノが置かれている。
黒光りする鏡面には埃ひとつついていないが、これが使われているところを双二郎は見たことがない。紀一郎に言わせれば、これはインテリアであって弾くものではないという。彼の仕事は、もっぱら隣に特別にしつらえた防音室にある電子ピアノで行われており、そこには弟の自分も入らせてはもらえない。
ときどきJJから防音室で見聞きしたという紀一郎の笑い話を聞くことがあるのだが、どういう経緯で彼がそこに入ることになったのかは不明である。
知子の部屋といい紀一郎の防音室といい、人が決して入れない魔境に、JJは容易く入り込む。しかし、JJならまぁそういうことも起こり得るし、JJの前なら海だって二つに割れるし、宇宙人と交信していても驚かないし、場合によっては宇宙人の可能性もある。そういった、謎の説得力が彼にはあるのである。
現に、今、紀一郎が悶絶するほど温度管理に神経質になっているワインセラーの鍵をごくごく自然な所作で彼は開け、迷いなく一本を選び出し、冷蔵庫からオリーブとピクルスの瓶詰を取り出している。
双二郎がやればクリスタルガラスのダイニングテーブルで頭をかち割られること必至の行動であるが、紀一郎はちらと目線を送っただけだった。
やがて、グラスがダイニングテーブルに並んだころ、不機嫌な女神と無表情な日本人形がおそろいのシャツを着てごくごく低いテンションでダイニングに入ってきた。