11 閑話か、あるいは要約
突然喋り始めた年長者に、三人はきょとんとする。
「はっきりさせよう。カンちゃんは狙われてるわけね? 脱走したから」
ぐるりと身体を回して、端野は助手席からカノンを指した。
「は? 私? え、あ、そうそう、脱走したからね」
「で、キクちゃんとはどこで会ったの?」
「キクちゃんって、あの、オペラ歌手みたいな声の人?」
「多分そう。オペラ歌手みたいな声で、背が高くて顔も良くて金持ちで女性に一目ぼれして出会って三か月で結婚しちゃって車はここ十年で三台も乗り換えててなおかつそれが2Kくらいのマンション買えちゃうくらいのランクのばっかりで自宅は都内某所の高級マンションだったけどそれもスマートに手放しちゃったりして「家族にはいい環境で過ごしてもらいたい」とか好感度上げるような嫌みっぽい事さらりと言いながら車で一時間かかる郊外に簡単にデザイナー住宅建てたり美人秘書には受けつけ通るたびにうっとりされたりしてひとり娘から神のように崇められている、あのキクちゃん」
「……金持ち云々以降はよくわかんないけど」
カノンが言った。
「今週の初めに、脱走の手引きしてくれた人から紹介されたの。ある人が私から話を聞きたがってるから会いに行けって、ね。電話で一回話して、今夜待ち合わせしたの。だから、顔も知らない。会うはずだった時間に来なかったらすぐ電話が来て、追手に見つかったから接触できない、あんたたちを頼れって。……って言うから車に乗ったのに、ほんっと、ひどい目に遭ったわ」
「双ちゃん双ちゃん双ちゃん、ね、落ち着いて、運転に集中。……えっと、で、キクちゃんの言うところの追手ってのは、つまり君を追ってきた奴って事だよね?」
「そこまではっきりとは聞かなかったけど。でも、さっき追っかけてきたのはやっぱり養護施設の人間だったから、そうなんでしょうね」
「先にキクちゃんが見つかっちゃったわけね」
「そうね。その後、私の所に来たって順番。私が、あんたたちの言うところのキクチャンと接触するってバレちゃったのかもね」
「じゃ、Jちゃんが襲われたってのは、あんたかキクちゃんを見つけるためってことになるよね」
「いちいち確認しないでよ。知るわけないでしょ」
「君の存在がそもそもの元凶なんでしょうが」
「車のナンバーでしょ。さっきの男たちがナンバーから所有者を割り出したのよ、きっと。この車、もしかして事務所の所有物になってない?」
「……なってる。だけど、調べるためには陸運局に行かなくちゃならないよねぇ。一応、おじさんも探偵なんでよくその手使うんだけどさ。週末の夜だからやってないでしょうよ、公官庁?」
「言ったでしょ、東の民構想委員会は表向き右翼の政治研究会だって。官僚や政治家に顔がきく奴がいくらだって所属してるのよ。週末も盆も正月も関係ないんだって」
「ね、端野さん。もしかしてだけど……知ちゃんは?」
「あ! ……あ? どうだろ。僕あの事務所の役員でも何でもないし、車も事務所のだけど、それでも家を割り出せるかな?」
「とにかく! 全速帰還でしょ!」
「まぁ、うん、それはもちろん」