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81話 マリーは願いを叶える(後編)

アラクネー戦。決着です。



 起動呪文スペルワードを唱えると同時に、光の粒子となった膨大な魔力が、私の胸元で収束を始める。私はその光の中へ手を入れると、ギュッと手のひらを握りこんだ。

 すると黄金色の輝きは極限まで圧縮され、とある武器へと形を成す。


 魔法の発動を見届けたローズは弾んだ声を張り上げた。


「このハンマー(・・・)でアラクネーのお肉を叩く(・・)のよ」


 私の右手が握り締めているのは、巨大なハンマー。

 ピンク色の長い柄部は、私の両腕を広げたぐらいの長さがあり、先っぽには大樽のような赤いヘッドがついていた。その槌の面には小さな凹凸がびっしりと刻まれている。 


 試しに一発、足元のアラクネーを叩いてみると「ピコッ」と可愛い音が鳴った。

 うん、問題なく動作しているね。


 私は大型ハンマーを振りかぶると、空へと駆け出した。


「叩き方は、全身ムラなく。均一にね!」

「了解。しっかり捕まっててね、お姉ちゃん」


 同時に宙を蹴り、大風呂敷によって空中で固定されたアラクネーへ加速する。


「そーれっ!」


 そして私は魔力を込めて、ハンマーを思いっきり(・・・・・)打ちつけた。


 ピコッ!


 重い攻撃とは裏腹に、ハンマーから軽快な音が鳴り響き、殴られた場所から黄金の魔力が波紋のように広がっていく。まるで水面に水滴が落ちたような魔力の波が、全身を駆け巡ると、風呂敷の中から「ギャギャシャー」とアラクネーの苦悶の叫びが木霊する。


 私とローズは、そんな大蜘蛛の反応に感動して、揃って唸り声を上げていた。


 当然でしょう?

 だって、私の本気の一撃(・・・・・)を受けてもアラクネーはまだ生きているのだから。


「こりゃ、いいや。本当に手加減が出来てるよ」

「この魔法なら、うっかり屋さんのマリーでも安心ね」


 攻略本のから得た新たな魔法――殴るとピコピコと鳴る巨大なハンマー。

 その正体は、あらゆる魔物のお肉を加工する魔法武器マジックウエポンなのだ。




【名 称】

 マリーベルのミートハンマー


【概 要】

 お姉ちゃんの為に、お肉を食べやすく加工するマリーベル専用ハンマー。

 ヘッド部は調理法に合わせて様々な形へと変化し、あらゆる魔物の加工に対応が可能。また攻撃の際には、マリーベルの魔力を打ち込むので、作業時間も大幅に短縮される。

 対象のお肉に合わせて、衝撃を自動で調整する機能があり、余剰分のエネルギーは「ピコッ」という音へと変換される。故に、触れるもの皆木っ端微塵なマリーベルパワーでも安心して使用できるのだ。




 

 このハンマーでピコピコ殴って、アラクネーのお肉を生きたまま(・・・・・)加工する。それがこの第四工程さ。

 調理場は障害物のない大空、更に大槌の効果で手加減も不要。今までにない解放的なシチュエーションに高揚感を覚え、私は笑顔でハンマーを振りかぶった。


「いくよ。マリーベル流、無限ジャンプの術!」


 二段ジャンプならぬ、無限ジャンプ――今は無きマリーベル流道場の奥義である。効果はいわずもがな、膨大な魔力量にものを言わせて、何度も空中を蹴り続ける技だ。


 私は足の裏から、じゃんじゃん魔力を放出して、空を無限に駆け回る。

 空中に留まる巨大な球体を、上からピコピコ、下からピコピコ、左右を回ってピコピコピコッ! そうやって、あらゆる角度からアラクネーを叩くのだ。


 この工程においては、周囲や食材に気を使わなくて良い。おかげで心置きなく力を発揮した私の速度は、ゴルゴベアードの戦いを遥かに上回り、何百という光線が空に描かれる。無限ジャンプの術で生まれた光の残滓が空を埋め尽くし、高速移動する私の数多の残像が空を舞う。一度の瞬きの間に、数え切れぬほどの光の波紋が、魔物の体へ刻まれていく。 


「マ、マジか、マジでか!? もうそれはジャンプじゃねえだろ!!」


 そう言って、地上から大声でツッコミを入れてきたのはマジルさん。

 チラッと地上を見ると、彼は下半身からキラキラと輝く液体を振りまいていた、


「ふふっ、マジルさんもマリーとお揃いね」


 ローズはそう言って微笑んでいたけれど――

 違うよっ!? くそう、あれと一緒にされるのは屈辱だ。


「ぬぬぬ、マジルさんに負けてたまるかぁー!!」


 私は対抗心をメラメラと燃やして、更に攻撃を加速する。


 空を蹴り――ピコッ!


 場所を変えて――ピコッピコッ!


 全力でハンマーを叩きつけて――ピコッピコッピコッ!


 時々、ローズから叩く場所の指示を貰いながら、私は360度のあらゆる角度からミートハンマーを打ち付けた。あまりに速く飛び過ぎたせいで、なんか途中でシルキーが「ふんぎゃー」と私の頭から落っこちていった気がしたけど、きっと気のせいだ。そんなことより、マジルさんのお漏らしと同列に扱われた私のイメージを、払拭する方が先決だもんね。


 そうして休む間もなく、衝撃と魔力を打ち込まれ続けたことによって、アラクネーは声をあげることすらままならなくなっていた。あれほど凶悪だった魔物も、今はもはや微かな生気しか放っていない。


 これだけフルボッコにされても死ねないなんて、マリーベルのミートハンマーの効果は、ある意味で恐ろしいと思う。でもローズが籠の中で、キャッキャと満面の笑みで喜んでいるから、全て許されるのさ。ピコピコピコッ!


「お姉ちゃん、そろそろかな?」

「そうね。見て、アラクネーの点滅が収まり始めたわ」


 ローズが指さした場所に目をやると、大蜘蛛の臀部からの光のチカチカが消えていく。

 これは第四工程『アラクネーほぐし』が終了した合図だ。


 同時に、ローズは再び攻略本を読み上げる。


「次はユグドラシルの聖水で、アラクネーをコトコト煮込むのよ」

「わかった。いっぱいお湯を出せばいいんだね。でも、どこでやろうかな?」


 私は行動の前に、ちょいと考える。

 空中でやると下の皆もお湯を被っちゃうよね。こいつを地面に下ろすにしても、ある程度ちゃんとした場所じゃないと、お湯が周囲にドバドバと広がってしまう。理想は、ちょっとした窪みがあって、プールみたいにお湯を溜め込める場所かな?


 私が辺りを見回していると、ローズがある場所を指差した。


「それなら、あそこがあるじゃない」


 指の先にあるのは大きなクレーターだ。川原のど真ん中にぽっかりと空いる大穴は、かつて私が火種魔法チャッカマの暴発で作ったものだった。

 少し川の水が流れ込んでいるけれど、問題ないね。


「それじゃあ、第五工程開始だ!」


 私はアラクネーをハンマーで弾き飛ばし、どでかいクレーターの中心へと落とし込んだ。

 そして魔法武器マジックウエポンを解除して、ペットボトルを召喚する。オレンジ色の蓋をキュッと捻れば、加温ホットモードのユグドラシルの聖水が、ホカホカの湯気を上げていた。


 すると、私の背中でローズも武器を構えた。


「あたしも手伝うわ」


 聖水温泉の杖と同じく、ローズの持つユグドラシルの聖杖にも、ショートカット機能が存在する。もちろんエルフルウォーターが登録済みさ。料理や洗濯に便利だからね!


 私とローズは、空からアラクネーへ狙いをつけた。


「「せーの!」」


 揃った声に合わせて、ペットボトルと聖杖から、熱湯となった聖水が大量に噴出する。

 ドドドドドーッ!と、大滝の何倍もの勢いで流れ出るお湯は、触れると焼けどしそうなほど熱く、クレーターから発生した尋常じゃない量の湯気が、周囲を白く覆い尽くした。


「マジか、マジでかー!? なんだあの湯の量は!? 聖水温泉のものとは、桁が違いすぎるぞ!!」


 そんなナイスリアクションをしていたのは、またまたマジルさん。

 顎が外れそうなほど大口を開けた彼の足元からは、ホカホカと白い湯気があがっている。


「ふふっ、またマジルさんとお揃いね」


 そう言って、ローズは微笑ましそうに頬を緩めていたけれど――

 違うよっ!? くそう、私とお姉ちゃんの共同作業がアレと一緒なんて遺憾の極みだよ。


「ふおぉぉぉー、マジルさんに負けてたまるかぁー!!」


 ちょいちょい被せてくるおっさん(ライバル)に差を付けるために、私はペットボトルへ更なる魔力を注ぎ込んだ。空中を無限ジャンプでピョコピョコ跳ねながら、大穴をお鍋のように湯で満たし、さらにアラクネー本体にも直接浴びせていく。


 そうしてコトコト煮込んでいくと、大風呂敷から赤い色が染み出し、アラクネーの真紅のお尻が、徐々に青色へと変化し始めた。


「やった。成功だ!」


 これがマリーベルの大風呂敷のもう一つの機能だ。包んでいる対象を指定することで、中にあるお肉から余分な成分だけをし出すことができる――つまり、この大風呂敷は料理で使われる『こし布』のようなものなのだ。今回は攻略本によって伝えられた『アラクネーの毒素』のみを透過させるように風呂敷へ指定してある。


 先の工程でミートハンマーを使用したのは、この成分を出す作業の為だ。アラクネーをほぐすことで、聖水が全体に染み渡り、除草剤となる毒素をこし取ることが可能となったのである。


「もう少しよ、マリー」

「うん、頑張ろう。お姉ちゃん」


 姉妹で更に放水を続けていくと、やがてアラクネーの体から毒素が抜けて、完全に臀部が青くなった。同時に聖水に含まれた私の魔力が、赤い毒素と混ざり合い、アラクネーのいる聖水のプールが強い金色に輝き始める。これは、アラクネーの無毒化が終了した証だ。


 ローズは涎を垂らしながら、攻略本の最後の一文を読み上げる。


「いよいよ仕上げよ。マリーの魔力をアラクネーに直接叩き込むの」


 ボコボコにされた上、熱に弱いアラクネーは、もう完全に動きが沈黙しているので拘束が無くなっても安心だ。私は大風呂敷を解除して、アラクネーの真上へと移動する。


 これが最後の一撃だ。

 グッと拳を握り、空へと駆け上る私の耳に、地上からみんなの声が届く。



「いけ、ボス!」


 シールが拳を振り上げた。



「やっちゃってください!」


 サリーちゃんが祈るように天を見上げた。



「頑張れゴプゥ」

 ゴプララが元気いっぱに両腕を振り上げた。



「「やっちまえ、ペコロン姉妹!」」


 ニョーデル村の皆が揃って雄たけびを上げ――



「「綺麗に決めるゴプ!」」


 ゴプリン族が一同に声を荒げる。 


 

 皆の想いを受け取り、私の魔力はより強く輝きを増していく。

 この胸を満たすのは、笑って過ごしたニョーデル村での思い出。

 そして無限に溢れ出るのは、仲間達への感謝の気持ち。


 この村が与えてくれた暖かな時間と『コーカン』に、私の拳は希望の光を灯す。


「これで――終わりだ!!」


 空を蹴り飛ばし、アラクネーへ向けて垂直に落下する。


 もちろん、フィナーレはコレしかないでしょう――

 それはマリーベルの最強にして、万能なるフィニッシュブロー。

 黄金に輝く拳が振りかぶられた瞬間、皆が揃ってその技の名を叫ぶ。


 さあ、いこう。

 これぞ、必殺の――


「「エルフパンチ!」」


 光の拳が叩き込まれた刹那、嵐のような魔力が体内で荒れ狂ったアラクネーは、「ギャシャ……」と嗚咽を漏らすと瞳の光を完全に失い、その活動を停止する。

 同時に、エルフパンチの余波で大地が激しく振動を起こし、溜まっていた黄金の聖水が、間欠泉のように天へ登った。輝く聖水は、やがて雨ようニョーデル村周辺へと降り注ぐ。


 これでアラクネーの調理は完了だ!

 そしておまけに――


「み、見ろ!? 森が元に戻っていくぞ!」


 最初に異変に気付いたマジルさんが、驚きの声をあげる。

 なんとアラクネーの除草剤で枯れていた大地に、再び緑が宿り始めていたのだ。


「ほ、本当だ。枯れた木にまた緑が……」

「信じられん。荒れた大地がみるみる復活している」

「奇跡だ……マリーちゃんが奇跡を起きたんだ!」


 残念ながら、奇跡じゃないよ。これも攻略本のおかげさ。


 アラクネーからし取った毒素は、私の豊潤な魔力の込められたユグドラシルの聖水と掛け合わせることで、全く逆の効能を発揮するようになるらしい。

 つまり、今空から降っている黄金の聖水は超強力な栄養剤となったのだ。本当はあとでバラ撒こうと思っていたけれど、エルフパンチの衝撃でこの辺一体に降り注いでくれたので結果オーライだね。おかげでしおしおになっていた自然が無事に元通りだ。


 ただ聖水の影響で周りが凄くピカピカ光ってるけど、大丈夫かな?

 これちゃんと元に戻るよね?


 私はちょっぴり不安に思いつつも、アラクネーの上から皆へ手を振った。


「やったよ。みんなー」


 褒めて、褒めて。と完了報告をしてみれば――

 皆はピカピカに光る大地に跪いて、何故か私を拝んでた。やめい。


「まあ、いいや。お姉ちゃんにいっぱい褒めてもらうもんね」


 そう思って、背中へ顔を向けたんだけれど……

 ローズは顔を真っ青にして、口元を抑えてた。

 うん、いっぱい飛び回ったもんね。きっと、ホッとしたせいで、一気に酔いが回ったんだ。大丈夫、私は全てを受け止めるよ。さあ、カモン!


「――っうぷ。ご、ごめんマリー……もうダメぇ……」


 そして私は顔面に美少女ローズのゲロゲーロを引っかぶった。


 …………………………


 …………… 


 ………


 やったぜ、今回もユグドラシル的ご褒美を賜ったよ!


 

 全てを救い。食材もゲット。

 お姉ちゃんから御褒美も貰えて一件落着。


 ミッションフルコンプリート。

 マリーベルは、この上なく感無量だよ!














作者都合により11日の更新はお休みします

次回のは12日です。

今月はバタバタしていて、お休みが多くなるかもしれません。


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短編をupしました。暇つぶしにどうぞご覧下さい!
マリーベルと同じくギャグ要素多めの作品になります。
↓↓↓↓↓↓
異世界に転移した俺はカップめんで百万人を救う旅をする

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