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78話 マリーは君の名を呼ぶ(前編)



 魔力をさらに解放すると同時に、私の視界が闇に覆われる。


「うおぉぉぉー!!」


 私は暗黒の中心で力の限り咆哮をあげた。

 これから解き放った力でアラクネーを思いっきりぶん殴ってやるんだ。私からお姉ちゃんを隠した罰を、あいつに思い知らせてやる。


 善良なエルフを卒業し、ダークサイドへ向かうのだ。

 マリーベルは闇墜ちしたよ!


 そして私は暗闇の中で拳を構えたのだが、



 ――ガサガサガサ。



 ん? 腕や顔へ何かがぶつかるよ?

 というか、よくよく考えたらどうして周りが真っ暗になっているの?

 試しに腕や足をバタバタと動かせば、すぐに壁に当たってガサガサと音が鳴る。


「な、な、なんじゃこりゃー!?」


 その後もガッサガッサと音を立て続けて、やっと私は気付いた。

 謎の壁の正体はマリーベル専用大籠。私はいつの間にか、頭からすっぽりと大籠を被っていたのだ。そりゃ周囲が暗くなるよね。


「だ、誰さ。こんな時に悪戯をするのは?!」


 私はプンプンと膨れっ面で大籠を外した。

 超恥ずかしいよ。ただ籠を被って暗くなってただけなのに、闇に包まれたとか、闇墜ちしたとか言っちゃったじゃん。一体誰がこんなことしたのさ。シール? サリーちゃん? それともマジルさん? 誰だか知らないけど邪魔しないでよ。


 そう文句を垂れながら振り返った先にいたのは――


「マリーが皆のお話を聞かないのが悪いのよ」

「お、お、お姉ちゃん!?」


 そこに立っていたのは、私と同じく膨れっ面をしたローズだった。 


「お姉ちゃん……本物? 本物だよね!?」

「当たり前でしょう。さっきから呼んでいたのに、マリーったら人の話を全然聞かないんだもの」


 透き通るようなグーリンの瞳を不機嫌そうに細め、赤みが差したプニプニの頬を私以上にプクーッと膨らませて、腰元へ両手を添えるお怒りポーズ。

 そんなローズの元気な姿を確認すると、私は両目一杯に涙が溢れてくる。


「だって、だってぇー。うえーん」

「ああ、もう……泣かないでマリー」

「おねーじゃん、おねーじゃん」


 私はすぐにローズの胸へ飛び込んだ。

 ギュっとした瞬間に鼻孔をくすぐるのは花の蜜のように甘い匂い。ああ、私の大好きなローズの匂いだ。良かった。本当にローズが無事で良かったよ。


「でもお姉ちゃんはどこにいたの?」

「川の中よ。アラクネーが来た瞬間、咄嗟に二段ジャンプの術を使ったの」


 大蜘蛛に潰される刹那、ローズはアナンダを抱えて飛び跳ねたらしい。本当はそのまま着地して、アナンダの治療を続けるつもりだったのだが、アラクネーの生んだ風圧に押されて川へ落ちてしまったのだ。

 そんな二人にいち早く気付いたのはシールだった。 


「すぐにシーちゃんが私達を川から引き上げてくれたのよ」

「その通り。そしてそれをボスに伝えようとしたけれど……」


 ごめん。私、全然人の話を聞いてなかったよね。

 尻尾をしゅんとさせるシールと一緒に、私もエルフ耳をしゅんとさせた。

 頭の上にいるシルキーも、ツンツンと指で突っついてくる。


「何度もわっちがそうお伝えしていましたのに……。全く聞く耳を持って下さらないのです。マスターは本当に慌てん坊ですの」

「……ごめんなさい」


 そうして周りから沢山の小言を受けて、私はちょっぴり不満に思う。

 元はと言えば、ローズが私を心配させるから悪いんだ。

 これは罰を与えられて当然だよね?

 だから私はおっぱいの谷間に顔を埋めて、くんかくんかと香りと幸せを堪能するのさ。


「うへへ。お姉ちゃん、お姉ちゃん。はふん、はふん」

「ひゃん!? な、何しているのマリー。今はそれどころじゃ……」

「こんな時だからこそ燃え上がる。そうやって見境なく楽しめるのがエルフ族なのさ!」

「エ、エルフって、エルフってぇー!!」


 そうして柔らかおっぱいを心の底から満喫していたら、シールとサリーちゃんに引き剥がされてめっちゃ怒られた。シルキーも「マスターも所詮はエルフですの」と呆れていたよ。


「マリーは妹……マリーは妹……」


 そう言って頬を真っ赤に染めるローズを見つめて、私はほっと胸を撫で下ろす。

 お姉ちゃんが戻ってきて一件落着。これで全てが解決だね!


「そんなわけがあるか! 状況は最悪だぞマリーベル」


 そんな強気のツッコミを入れたのは無事に回復を終えたアナンダだ。

 爽やかな笑顔で空を見上げていた私へ、復活したエルフは不満そうな顔を向けている。


「周りをよく見ろ。完全に囲まれているぞ」


 ローズの無事に安堵して魔力を引っ込めたせいかな? 私が弱ったのをチャンスだと思ったアラクネーは、再び百を超える分身体を生み出していたのだ。


「本当だ。いつの間に……」

「貴様が姉の胸を楽しんでいる間にだ!」


 アナンダは青筋を浮かべて「状況がー!」「責任がー!」と怒鳴っているけれど、最後は「うらやまけしからん!」と言葉を締めくくった。所詮、こいつもエルフ族だね。


「しかし……さきほどの膨大な魔力は何だ」

ちょっとだけ(・・・・・・)本気を出しただけだよ」

「あれで少しだと……ちっ、化け物め」


 吐くように言い捨てられてかなりムカっときたが、少々ハッスルしてしまった自分に非があるのは認めよう。マリーベルは反省の出来る女だからね。

 

「貴様の姉もなぜあの荒れ狂う魔力の中で平然と動けるのだ?! 貴様が発していたのは我ですら気圧されてしまった程の力だぞ!」

「お姉ちゃんはいつもあんな感じだよ?」


 ゴルゴベアードを倒した時も背中にいたし、キノコの付加魔術(エルフチャンター)の時も平気そうだった。思い返してみると、ローズが私の魔力に怯んだことなど一度も無い。


「きっと私達が仲良し姉妹だから平気なんだよ!」 

「……本当に非常識な奴らだ」


 やっぱり、こいつは後でエルフパンチだ。

 ムスっとした顔でアラクネーへ向き直るアナンダに対して、私は心の中でそう決意した。







 アラクネーは先ほどの攻防でこちらを警戒しているようだ。自身は川の向こう岸から決して近づかず、蜘蛛の大群を放って私達を取り囲む。そしてジワジワと包囲網を狭め、敵はすでに私達へ飛びかかれるほどの距離まで詰めていた。おそらくアラクネーが合図を出せば、兵隊達は一斉にこちらを襲い始めるのだろう。皆も武器を構え、これから訪れる激突に備えている。


 緊迫する状況の中で、アナンダが強く舌打ちをした。


「厄介なことに、奴は我らの捕食を諦めたようだ」

「どうしてそう言い切れるの?」

「よく見てみろ。分身体の形が先ほどと異なっている」


 今度の分身体は、さっきのアラクネーと同じく腕が鋭い剣のようになっていた。


「明らかに殺傷能力が上がっている。おそらく今度の分身体の目的は餌の捕獲ではない。自身を傷つけた敵の排除だ。しかもこの敵の数……このままぶつかれば、確実に死人が出るぞ」

「だったら、また私が数を減らして――」

「待て、貴様は迂闊に動くな」


 私を制したアナンダはチカチカと点滅を繰り返すアラクネーを指差した。


「奴の自滅衝動はまだ収まってはおらぬ」

「もうっ。命の危機を感じているなら、さっさと逃げちゃえばいいのに!」

「無駄な期待だ。奴が非常にプライドの高い魔物であることは既に説明しただろう」


 アナンダによると、アラクネーが尻尾を巻いて逃げるというのはあり得ないそうだ。その強気な性格はボールスパイダーも同じらしい。敵を認識したら排除するまで戦いを続け、もしも敗北するならばその前に自ら命を絶つ。

 好戦的で敗北を認めない。そんな面倒臭い性格と厄介な除草剤がセットになった魔物。それがアラクネーなのだ。


「だからこそ、貴様に口酸っぱく忠告しただろう。絶対に攻撃するな(・・・・・・・・)と」

「だって仕方ないじゃん」


 ギロリと睨まれて、私は目を泳がせる。

 確かに、このままだと非常にまずい。アラクネーは私達を餌ではなく敵と認識している。次の攻撃は今までの比ではないだろう。百を超える蜘蛛の大群が、私達を殺す気で襲い掛かってくるのだ。元冒険者組や狩人組のような戦い慣れた者たちならともかく、それ以外の者たちではおそらく対応しきれない。

 この数では私の援護にも限界がある。先の戦闘のような撃ち漏らしは、即座に村人の命の危機に直結するのだ。


 かといってアラクネー本体を攻撃するのは――


「どうしよう……」


 私は無い頭をフル回転させて打開策を考える。

 正直、アラクネーを倒すだけなら簡単だ。あの大蜘蛛の実力はさっきの小競り合いで大体把握できた。出来ることなら、いつものようにエルフパンチで討伐してしまいたい。

 だが問題は、すでに私の存在が奴にバレていることだ。巨大な臀部がチカチカ点滅し続けているのを見る限り、アラクネーは私のことを警戒しまくっている。この状態ではきっと仕留める前に自爆されるだろう。


「参ったな……何も思いつかないや」


 そうして頭を抱えていると私の肩がポンポンと叩かれる。

 振り返ると、神妙な表情を浮かべるイズディス村長がいた。 


「マリー君。責任は僕が取る……」


 村長は一度大きく深呼吸をすると――その決断を下したのだ。



「除草剤のことを気にせず本気で戦ってくれ……皆が生き残るにはもうそれしかない」







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短編をupしました。暇つぶしにどうぞご覧下さい!
マリーベルと同じくギャグ要素多めの作品になります。
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