77話 マリーは怒りを覚える(後編)
更新が遅くなり申し訳ございません
ちょぴりシリアスです
すぐに下敷きになったローズを救うんだ!
目の前で威嚇を続けるアラクネーへ向けて、私は弾けるように飛び出した。
「邪魔だぁー!!」
行ったのは全身を砲弾と化した強烈な体当たり。目標は体積のほとんどを占める真紅の臀部だ。目にも留まらぬ速度で飛翔した私は、大地が揺れるほど強烈な一撃をアラクネーへお見舞いする。
「お前なんて、あっち行け!」
「ギャシャシャー!」
私が生み出した強大なインパクトによって、アラクネーはボヨンボヨンとボールのように跳ねて後退する。真っ赤で巨大なお尻は、私の攻撃と後退した際の衝撃でいくらかの傷を負っていた。同時に傷口からは除草剤が漏れ始め、周囲の木々を枯らし始めている。
だが今はそんなこと気にしている場合じゃない。
なぜならローズの姿が、未だに見当たらないのだ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん、お姉ちゃん」
私はローズのいたはずの位置へ駆け寄ると、すぐに地面を掘り始めた。
きっと衝撃で埋まっちゃったんだ。すぐに掘り返してあげないと!
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん」
服や手が泥まみれになることなんてどうでもいい。向こうでアラクネーが魔法を唱えようと魔力を集中しているけど、知るもんか。シルキーが頭の上で何か叫んでいるけど、お説教は後だ。シールが後ろで私を呼んでいるけど、そんな場合じゃない。
掘って、掘って、掘って、私はローズを救い出すんだ。
「お姉ちゃん。お姉ちゃん。お姉ちゃん」
ずっと守ってくれると約束した。
ずっと守ってあげると約束した。
ずっと二人で一緒にいると約束した。
これからもずっと――
私はローズと生きていくんだ。
「お姉ちゃん、どこ?! どこにいるの?!」
だからローズが私を置いてどこかに行くはずがない。
絶対にローズが私と離れ離れになるわけがない。
私は泥まみれになった手を止めて、眼前のアラクネーをギロリと睨んだ。
「お姉ちゃんをどこへやった!」
ローズがいないのは、こいつがどこかへ隠したからだ。絶対そうに決まっている。その考えが頭に浮かぶと、ここまで抑えていた怒りがふつふつと湧き上がる。
ボロボロにされたニョーデル村。踏み荒らされた交換所。緑を失った平原や森。私の大好きな場所を。ローズや皆との思い出がいっぱい詰まった場所を。こいつはめちゃくちゃにしたんだ。そして今度は私からローズを隠した……絶対に許せるはずがない。
私は額に血管を浮かび上がらせ、歯をむき出しにして怒声をあげる。
「お姉ちゃんは……どこだぁー!!」
フーッ、フーッ。と荒く息を吐く私の中で、ドロドロとした感情があふれ出す。
全身を駆け巡るその衝動は、抑えることの出来ない激情へと変わり体を支配する。
それは大切な者を奪った敵への激しい怒り。
そして生まれて初めて抱いた――純粋な殺意。
何もかも……全てをぶち壊してやりたい。
その想いが弾けた瞬間――
私は抑えていた魔力を解放した。
私の体から発生した大量の魔力が、黄金の柱となって天へと登る。
魔力解放によって生まれた風の帯が、周囲に巨大な砂煙を創り出し、その圧に耐えかねた枯れ木達が次々とへし折れていく。同時に放たれた殺気によって森の動物達が悲鳴を上げ、後ろにいた皆も顔色を青く染めている。さっきまで口うるさかったシルキーも言葉を失ったようだ。私の頭の上で完全に硬直していた。
ああ……やっと静かになった。
これでローズを奪い返すことに集中できるよ。
マグマのように熱くなった魔力が全身を巡り、胸の奥に生まれた殺気と混ざり合うことで、私の力を更に高みへと導いてくれる。私から放たれていた荒々しい風はより凶暴さを増し、空の雲がみるみる形を変えていく。魔力の影響で地面や岩場には亀裂が走り、もはやこの大地でさえ、私の存在に悲鳴を上げていた。
「お姉ちゃんを……返せ……!」
そう怒鳴りつけた先では、アラクネーが黒い体液を操り、腕部を巨大な剣の形へと変形させていた。アナンダやゴプリダを刺したのもあの魔法なのだろう。奴の魔法は分身体を作るというよりも、体液を望んだ形へ変えるものなのだ。
ギャシャシャーッと甲高い声を上げるアラクネーの元へ、私は一歩一歩、ゆっくりと近づき始める。
「返せ……」
鋭い瞳で奴を射抜き、低い声を絞り出す。
アラクネーはそんな私を近づけさせまいと四体の分身体を生み出した。
本体の命令を受けた黒蜘蛛達は、四方から私へと飛び掛るが――
「返せ……返せ……」
私はあっさりと拳で撃退する。
さらに近づく私へアラクネーはその後も何体もの分身をけしかけるが――
「返せ……返せ……返せ……」
全て一撃。私の歩みを止めることは叶わない。
するとアラクネーは「シャシャーッ」と再び高音を発して口内へ魔力を集中させる。
溜めて、溜めて、溜めて――そして吐き出されたのは、鉄すら溶かす炎の弾だ。
大蜘蛛の大量の魔力を込められた炎弾が私を屠らんと飛来する。
――だが、そんなものには何の意味も無い。
「お姉ちゃんを返せ!」
私は炎をあっさりと片手で叩き落し、同時に走り出した。
一瞬で縮まる私達の距離。アラクネーは私の首を刈ろうと体液の剣を振り下ろした。
こんなのアクビが出る速度だ――私は大蜘蛛の剣戟に合わせて、拳を振りぬいた。
バキン! バキン!
奴の両手にあった黒剣は、あっさりと砕け散った。
その無慈悲な光景を目の当たりにして、アラクネーは真っ赤なお尻をチカチカと点滅させ、下顎から突き出た二本の大牙で威嚇を始める。
これはアラクネーが命の危機を感じているというサインの一つだ。
アナンダから聞かされていたこの症状は、いわば自爆の一歩手前。あと何手か追い詰めればアラクネーは自壊の道を選び、この辺一帯が死の大地へと変わってしまう。
でも私は止まらない。
怯えるアラクネーに再び強烈なタックルとかまし――
ズドン!
川の向こう岸へと巨体を吹っ飛ばした。
「お姉ちゃんは……どこだー!」
もはや何者にも私を止めることは出来ない。
荒れ狂う魔力に身を任せ、怒りのままに暴れてやろう。
「絶対に許さない」
どす黒い殺意が私の身を焼き焦がし――
「ころしてやる!」
そして私は闇に包まれた。




