75話 マリーは怒りを覚える(前編)
ギャシャシャーと外から甲高い魔物の怒号が響く。漏れ出した私の魔力を脅威に感じたアラクネーは脱皮を早めようと何度も身じろぎを繰り返し、それに合わせて大地が激しい揺れに見舞われる。同時に大蜘蛛は体表から漆黒の蜘蛛を次々と具現化し、繭の中にいる侵入者へと差し向けた。
つまり私達を完全にロックオン。折角の隠密行動もこれでは台無しだ。
例の如くエルフルウォーターで汚れを洗い流しながら、私は解放されたマジルさんに猛然と抗議を繰り返す。
「うわーん、マジルさんの馬鹿!」
「お、俺のせいだけじゃねえだろ!?」
「全部あんたのせいだよ。この年中お漏らし男!」
「な、何でこのタイミングで褒めるんだよ?!」
「褒めてないよ!」
頬を赤らめてこっち見ないで。
マリーベルは怒髪天を貫くよ!
「もう、二人ともそれどころじゃないでしょう。追っ手が来たわ」
ローズに促されて見てみれば、シールの開けた入り口から数体の真っ黒な蜘蛛達が現れる。
「ちっ、予定通りこいつらは我が引き付ける。貴様らは逆側から脱出するのだ」
アナンダはそう言うと、私から神聖剣を受け取り、追っ手の蜘蛛達をなぎ払った。そして派手に魔法を使いながら繭の外へと駆け出して行く。ああやって派手に暴れることで、外に群がる蜘蛛達を誘導するつもりのようだ。
逆に私達はすぐに繭の反対側に集まり、そして――
「シール。お願い!」
「任せて、んーッ」
シールがスパパンッと繭の壁を切り裂き、新たな出口を作る。
こうして私達は、捕まっていた村人達を連れて繭の外へと脱出した。
帰りの速度は、来る時に比べるとかなり遅い。
バラバラになっては危険な為、集団での移動。そうなると全体の速度は女性や子供に合わせなければならなくなる。抱えて移動したくても、大人達は戦闘もあるからね。
陣形としては武器を持った男達で周囲を囲み、魔物に最も近い殿を戦いに慣れた者や私達で担当している。
現時点でアラクネーの分身体はこちらに気付いていないようだが――
「アナンダの囮は上手くいってるみたいだね」
「そうね……でも見て、アラクネーの脱皮がもうすぐ終るわ。急いでここを離れましょう!」
私がほっとした刹那、ローズが驚きの声を上げていた。
まるで服を急いで脱ぐ様に、ごそごそと左右に揺れるアラクネーからは、もうほとんどの皮が脱げかけていた。アナンダの予想よりもかなり早い。やっぱり早々に気付かれたのは痛手だった。
何もかもマジルさんのせいだね。
マリーベルは無罪だよ!
そんなことを考えていると、突然シールの耳がピクピクッと反応する。
「ボス、まずい。何か来る」
ポン。ポン。ポン。ポンッ!
そんな軽快な音と共に、アラクネーの背中から黒い玉が発射された。
黒い玉は私達の周囲へと降り注ぎ、魔法により蜘蛛の形へと変わっていく。
「……とうとう気付かれたんだ。みんな、戦うよ!」
「「おお!」」
ワラワラと発生する敵の軍団を前に私は拳を握り、皆は武器を構えた。
仲間を守り、安全地帯まで駆け抜けるのだ。
マリーベルは迎撃するよ!
そして始まったニョーデル村VSアラクネーの魔法生物達。
私の役目は戦場をあちらこちらへ飛び回り、大半の蜘蛛を蹴散らすこと。私は次々とエルフパンチで敵を粉々にしていき、100体以上いる分身の6割ぐらいは一人で削っただろうか……。
一瞬で敵を屠るマリーベルパワーに村人達の士気がぐんぐん上がっていたよ。
「スゲエ、さすがあたし達のボスだぜ!」
「こりゃ、嬢ちゃんには負けてられねえな」
「俺達もマリーちゃんに続くぞ」
「「おおー!!」」
すると私の手を逃れた数十体の蜘蛛達が、ニョーデル村の面々へと迫る。
「ごめん、何体かそっち行ったよ」
「これだけ数が減れば十分さ。助かるよマリー君」
プルプルの虚弱村長が勇ましくもサムズアップで応えてくれる。
突然さらわれた時とは違い、今度のみんなには武器もある。相手の糸で拘束されるのにさえ気をつければ、十分渡り合えるのだ。
元冒険者組はいつもの通り、マジルさんが引き付け、カシーナさんが遊撃。そして村長とマゼットさんが魔法で殲滅していく。武器を持った他の若い衆も、村長の指示に従いながら着実に敵を倒していく。メンバーの動きの全てが噛み合い、非常に順調に事が進んでいるね。
唯一の問題点は、マジルさんがノーパン腰布状態なことだろう。チラチラ見える例のアレのせいで獣人女子達が浮き足立っているのだ。おかげで村人男子のヘイトがどんどん溜まってるよ。
せっかく女の子に良い所を見せるチャンスなのに、マジルさんが視線を独占してるもんね。どんまいだ。
戦いの中で最も活躍が目立ったのはサリーちゃんだろう。
混戦の中を鮮やかに掻い潜り、蜘蛛を押し倒して――
「さあ、お召し上がりになってぇー!」
木苺をねじ込むねじ込む。
もう掛ける言葉もないよ。
「くふふ、マリー様の為に研鑽を続けてきた甲斐がありましたわ」
うん、聞かなかったことにしよう。
こうしてたくさんの敵を硬直させたサリーちゃんは、死屍累々とする戦場の中心で蜘蛛よりも黒い顔をして笑っていたのだった。
そして固まった敵をスパスパッと切り裂くのはシールの剣技。
母親に教わった高速移動のステップと、軽量かつ最高の切れ味を誇るユグドラシルの聖剣は相性抜群さ。指輪の効果と二段ジャンプも加わることで、シールは村一番のスピードファイターへと成長を遂げていた。
サリーちゃんの背後から襲い掛かった蜘蛛だってこの通り――
「危ない! ウルフパンチ」
一瞬で距離を詰めて、必殺の雷バリバリパンチだ。
「助かりましたわ。お姉さま」
「んーん、漏らすまでもない」
はい、出ました決め台詞。
妹分の前だからクールに格好つけてるけど、シールの尻尾が本日最高速度でぐるんぐるん回っているのを、私は見逃さないよ。
「んんッ。スカウターに反応あり。今度はあっちがヤバイ」
「どこまでもお供いたしますわ」
絶好調のお漏らし探査で危険な場所も完璧に把握済み。ケモミミとねじ込み。杯を交し合った義姉妹名コンビの鮮烈デビューである。
「おい、シール。やっぱりお姉さまにそのアクセ寄越しやがれ」
「断る。絶対にサリーは渡さない」
唯一の問題点はリアル姉妹で取っ組み合いの喧嘩を始めることだね。
戦場で争い始めた二人には案の定、蜘蛛がワラワラと群がり始めていた。
「んーっ、これヤバイ」
「やべえ、囲まれた!」
四方から吐き出された糸に絡まれ、獣人姉妹は蜘蛛達に捕まった。
でもそんな二人を救ったのはローズだ。
「ファイルパイク!」
唱えたのは、炎の槍がいっぱい飛んでいってズバン!と敵を切り裂くマゼットさん直伝の魔法だ。複数の炎の槍で串刺しにされた蜘蛛達は一瞬でこの世から消滅した。
あっという間の出来事にポカーンとするシールとラシータ。
そんな二人をローズは仁王立ちで叱りつける。
「二人とも。今はそんなことをしている場合じゃないでしょう!」
「「……ごめんなさい」」
二人は飼い主に叱られた犬みたいにしょぼくれて、持ち場へと戻っていった。
その勇ましい美少女の姿に村中のオス共は釘付け状態。
特に胸を張ったときに、たゆんと揺れたおっぱいをガン見していたよ。
もちろん私もお姉ちゃんの神々しさに歓喜である。
「お姉ちゃん凄い! お姉ちゃん凄い!」
「マリーも遊んでいないで集中しなさい」
「……ごめんなさい」
しかられちゃった。
エルフ耳がしゅーんである。




