73話 マリーは救出を始める(前編)
短めです
シルキーと共にエルフルウォーターの聖水で顔をゴシゴシしていると、アラクネーから大量の白い蒸気が登り始める。そして断続的に「キャシャシャーッ」と鳴き声をあげ始めると、大蜘蛛は小刻みに震え始めた。これから脱皮が始まるのだ。
「そろそろ時間だ。準備はいいな?」
アナンダの問いかけに全員が大きく頷いた。
メンバーはもちろん残っているニョーデル村の全員だ。領都とラーズ村への連絡は、サリーちゃんを毎日送迎している狩人達が受け持ってくれている。
そして六歳児のサリーちゃん本人はー―
「わたくしも力になりますわ!」
ユグドラシル的にも守ってあげたい存在は、戦いを前に血が騒いでいるご様子だ。こんな幼女を危険な戦場へ連れて行くのはどうかと思うでしょう?
でも不思議なことに賛成多数で参加が決まったのだ。その時、シールが尻尾を嬉しそうに振り回していたのが印象的だった。
「問題ない。村でのサリーの動きは本当に見事だった。シルキーの服の防御力、銀狼の指輪で速度上昇、石化熊の手袋による硬直攻撃。そしてそれらを使いこなす、ねじ込みへの執念……ケモミミ世界は実力が全て。だからこれは当然の結果」
ここにいるのは実力主義者が大多数。故にまかり通る幼女連れまわし。
常識的には絶対におかしいけれど、多数決で決まったから問題ないね。
マリーベルは民主主義を覚えたよ!
「任せとけ、ボス。こいつはあたし達の族で面倒見るから心配するな」
そう言って、うっすい胸を叩くのはラシータ。どうやら相当サリーちゃんを気に入ったみたいだね。でも隣でシールの耳がピピピッと反応しているよ。
「んーん、姉さんには渡さない。サリーは私と組む」
「シールにこんな良いアクセは勿体ねえよ。お姉さまに献上しろ」
「断る。サリーは私のもの」
「なら交換にマジータやっからよ」
「兄さんはいらない。サリーの方が大事」
「あたしだっていらねえよ。あんなヘタレ」
そして二人は取っ組み合いの喧嘩を始めた。戦いの前に戦いが始まったよ!
なんかケモミミに装飾品として扱われるのは名誉なことらしい。サリーちゃんが満更でもない表情で、「わたくしのために争わないでぇー」と仲裁していたから間違いないね。
逆にマジータは隅っこで泣いてた。「どうせオイラなんて……」と呟きながら、チラチラと私のことを見ていたけれど無視だ。時間がもったいないからね!
茜色の太陽が大地に沈み始めると同時に、私達は全力で地面を駆けた。
アラクネーの死角へと迂回して、シルキーに作ってもらった草原色のフード付きマントで身を隠しながら接近するのだ。森から大繭への距離は300メートルぐらい。アラクネーは繭から少しだけ距離を取った場所で脱皮を行っている。
繭に辿り着く前に気付かれないか不安だったが、そのあたりは杞憂に終った。
「着いた。これなら意外と簡単に皆を助け出せるかも」
「油断するな馬鹿者。ここからが本番だ」
エルフ耳を上下させる私をアナンダが嗜める。
到着した繭は、見上げるぐらいに大きくて表面もつるつるしていたんだ。間近で見ると本物の卵と間違えそうな仕上がりだ。ローズが「うわぁ、おっきい……」と、ちょっぴり涎を垂らしそうになっていたことから、その完成度を察して欲しい。
繭は硬さも鉄みたいで、叩くとカキンッと金属のような音が響くんだ。
もちろん入り口なんてない。だから出番だよシール!
「任せて。んーッ」
ここで登場ユグドラシルの聖剣。仕事人シールの鮮やかな剣技が炸裂さ。
「我もいるぞ」とアナンダも参加して、二人はスパスパッと繭を切り裂き、出入り口を作った。私が殴っても良かったのだけれど、確実に大きな音がするからね。今回は遠慮した。
そして私達は颯爽と繭の中へと侵入したのだ。
思ったより今章が長くなってしまったので、ちょっと分けます。
聖水温泉編を『祝福されし聖なる楽園』とタイトルします。今章がニョーデル村のラストなのは変わりません。あしからず。




