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71話 マリーは敵を知る(後編)



『村喰い』


 アナンダが語ったその名は、国や領地から危険だと判断された特殊な魔物達のことだ。 

 国が大軍を投じなければならないレベルのモンスターの存在に、驚愕の表情を浮かべるニョーデル村の面々。そして何より『攻撃すれば土地が滅びる』という言葉に私も唖然としてしまう。


 アナンダはそんな私達に説明を続けた。


「過去、軍によってアラクネーが討伐された際に、山一つが滅んだ事例がある。その理由は奴の正体にあるのだが……貴様等はボールスパイダーという魔物を知っているか?」


 私は首を振って否定する。他の人たちも知らないみたいだ。

 でもそんな時、ローズが「ボールスパイダー?!」と一人声を荒げ、涎を滝のようにドパーッと流していた。


「お姉ちゃん、知ってるの?」

「ええ、あたし達の業界では有名な魔物よ。ボールスパイダーというのは、見た目は蜘蛛だけど、その体内はまるでスライムみたいなゼリー状になっているの。口に含むと、つるんと飲み込めてしまう滑らかな食感は、世の中に『お肉は飲み物か否か』という論争を巻き起こし。食後はお肌がツルツルになるから、女性のお貴族様たちに大人気の食材なのよ。ゼリー肉がまるでサファイアのように蒼く輝いていることから、世間ではボールスパイダーを、お肉の宝石箱と呼んでいるわ」


 ゼリー状といっても、お肉はお肉。

 さすが我が姉、ぶれない。


 アナンダが「どこの業界だ?」と首を捻っているが、そいつは触れちゃいけねえぜ。


 話によるとボールスパイダーのサイズは狼と同程度。魔物の脅威度は、中堅の冒険者パーティー向けのレベル。並よりちょっと上ぐらいの位置らしい。


「ボールスパイダーを倒すこと自体はさほど難しくないわ。ただ下手に攻撃を加えて傷を与えると、そこから貴重なゼリー肉がどんどん零れてしまうのが問題なの。おまけにこの魔物は、死を悟ると体を自ら破裂させる性質を持っていてね。たいていは戦闘終了と同時にボールスパイダーが粉々になるらしいわ。そして冒険者達は、地面に散らばった青いゼリー肉を前に『ああ、もったいない!』と口を揃えて嘆くのよ」

「……素晴らしい知識だが、貴様の姉は食うこと以外の情報は持っておらぬのか?」

「ふふん、うちのお姉ちゃんは凄いでしょう」

「褒めてはおらぬ」


 想像上でお肉を無駄にして、悲しそうな表情をするローズ。そんな彼女を誇らしげに自慢する私。そしてアナンダは、眉間に寄せた皺をトントンと叩きながら呆れていた。


「それで、そのボールスパイダーとアラクネーがどう関係するの?」

「簡単だ。『村喰い』アラクネーの正体は、そのボールスパイダーから五十年に一度生まれる希少な突然変異体なのだ」


 アナンダの言葉と写真の大蜘蛛を見比べて、一同が首を傾げる。

 だって、ローズの話と全然違うんだもん。いくら突然変異でも、ここまで変わるものなのだろうか。


「何らかの影響によって生物が急激に変異するというのは、珍しい話ではない。貴様も鶏に神聖魔法を掛けて、やらかしただろう。あの恨みは忘れぬぞ」


 あうち。反論の余地がねーや。

 皆の批難の視線が集中したので、そっと私は目を逸らした。


 アナンダは募る不満をぐっと飲み込むと、私達の前に二本指を立てる。


「アラクネーへと変異したことで、奴が得た大きな変化は二つだ。一つ目は体内の性質の変化……今の奴の体内にあるのは美味なゼリー肉ではない。山一つを死滅させるほど強烈な『除草剤』なのだ」

「除草剤……?」


 その単語を聞いた瞬間、私は枯れ果てた村の草木を思い出した。


「過去の討伐で山一つが滅んだというのも、その除草剤が原因だ。死の瞬間、ボールスパイダーと同じく、自らの肉体を破裂させたアラクネーによって、除草剤が広範囲にばら撒かれたのだ。おかげでその山は、数十年が経過した今でも草一本生えぬ死の大地と化している」


 この魔物へ迂闊に攻撃をしてはいけない。その理由を理解して私はゾッとする。

 もしも何も考えずに写真の大蜘蛛を攻撃していたら……いや、魔物の襲撃時に私が村にいたら、きっとそうなっていた。何も知らない私は、いつものようにアラクネーにエルフパンチをして――そしてニョーデル村周辺を死の大地に変えていただろう。


 決して作物が育つことの無い田畑。恵みを失い、枯れ木の並ぶ森。当然、そこに住む動物達もいなくなり、狩りをすることもままならない。

 そして生活基盤を失ったニョーデル村は終わりを迎える。例え皆が無事でも、それでは意味がない。


 アナンダも同じ考えのようだ。顔色を変える私へ深く頷くと、話を続けた。


「そして二つ目の変化は強大な魔力の獲得だ。おそらく村を襲った蜘蛛の大群はアラクネーの魔法であろう。過去の情報によると、奴は体内の除草剤を媒体にして、分身体を生み出す魔法が使えるのだ」

「そうか。だからシール達が魔物を倒した辺りは、植物が枯れてたんだね」

「うむ、倒されると同時に魔法が解除され、除草剤が周囲に散布されたのであろう」


 大量の蜘蛛達が突然消失したというカシーナさんの話も、これで辻褄が合う。

 神様の像も魔法で生み出された存在には効果が無いらしい。アナンダによるとアラクネーは、過去に何度も魔法の蜘蛛達を操って、人間をさらっていたそうだ。


 しかし何故、人間達を生きたまま集めるのか?


「それは奴が成長期を迎えているからだ……おそらく、これから奴は脱皮を行うつもりなのであろう。アラクネーはその際、活きの良い餌を事前に集めて貯蔵する習性があるのだ」

「脱皮? 蜘蛛なのに脱皮するの?」

「正確には蜘蛛に酷似した魔物だ。当然、生態は全く異なる。脱皮を行う魔物というのは決して珍しくないぞ」


 実際、規模は違うがボールスパイダーにも同じ習性があるらしい。

 奴らにとって、生きた人間は脱皮後のデザートのようなもの……魔法を使い、手間を掛けてまで人々を集める理由は、脱皮を頑張った自分への御褒美なのだ。


 ようやく全てに合点がいき、私はポンと手を叩いた。


「つまり、ユグドラシル的には仕事上がりの一杯みたいな感じね」

「うむ。エルフとしての解釈はそれで正しい」


 仕事上がりの一杯は、ユグドラシル的生き甲斐の一つ。うんうん、と納得するエルフ二人の後ろでは、皆が微妙な顔で呆れているけど、種族的には問題ない。


 それにこの話が正しいのならば、捕まった皆は脱皮が終わるまでは無事なはずだ。 

 アナンダは写真を確認すると、アラクネーと一緒に写っている卵のような形をした巨大な繭を指差した。


「おそらくはこの繭が貯蔵庫なのだろう……」

「じゃあ、今すぐ行って皆を助けよう」

「落ち着け。迂闊に動いてアラクネーに気付かれたらどうするつもりだ。もしも戦闘になった場合、貴様はこいつを討伐するつもりなのか?」


 アナンダによると本来、アラクネーを討伐する方法は二つだ。

 一つ目は、元々草木の生えていない砂漠などにおびき寄せてから討伐する方法。でもこれは、ニョーデル村近辺に適した場所が無いので不可能だ。

 二つ目は、時期を待つ方法。実はアラクネーは夏が苦手な魔物で、熱い日差しの中では、動きが鈍る習性があるらしい。その低下したスピードの隙を付き、自爆前に止めを刺すのだが――現在は春が始まったばかり。夏なんて待ってたら皆が食べられちゃうよ!


 アナンダの問いかけに、私は「ぐぬぬ」と言葉を詰まらせる。

 今回の敵は殴って終わりには出来ない。除草剤という面倒な存在がネックだよ。


「覚えておけマリーベル。『村喰い』とは強さだけに与えられる称号ではない。危険度以上に、討伐に関する『厄介さ』が付きまとう特殊な魔物の目印なのだ。無駄に被害を拡大させぬためのな」

「そんな……じゃあどうすればいいの?」


 戦うのは駄目。倒すのはもっと駄目。

 そんな相手に対する術を、アナンダは淡々とした口調で紡ぐ。


「救出を行うのならば、奴が身動きの取れぬ脱皮の最中しかあるまい。その間に捕まっている者達を救い出し、そして――」


 戸惑う私達を見渡した後に、目を固く閉じると――

 アナンダは冷たく言い放った。


「村を捨てて速やかに遠くの地へ逃げろ。そして奴が捕食を諦めてどこかへ移動をするのを待つか、季節が過ぎた頃に改めて軍の派遣を依頼するのだ。それが『村喰い』アラクネーを相手にした時の正しい戦略だ」



 ニョーデル村を捨てる。

 その内容に私達は等しく言葉を失った。








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短編をupしました。暇つぶしにどうぞご覧下さい!
マリーベルと同じくギャグ要素多めの作品になります。
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異世界に転移した俺はカップめんで百万人を救う旅をする

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