69話 マリーは村に戻る
プレゼント『コーカン』の夜が空けて、いざ誕生日本番。
ローズの為に、杖やお肉以外にも何かしてあげたい。
そう思った私は朝ごはんの最中に訊いてみたんだ。
「ねえ、お姉ちゃん。何かして欲しいことはない? 今日は私がお願いを何でも叶えてあげるよ」
「何でもいいの……?」
するとローズは一度視線を外すと、少し申し訳なさそうに教えてくれた。
「その……はぐれ集落に行きたいわ。でも今晩はシーちゃんの家にお呼ばれしているし……」
本当は、両親のお墓へ12歳になったことを報告したかったらしい。
でもマジルさん一家が誕生日を祝ってくれるから、遠慮していたんだね。
「行こうよ。私が連れて行ってあげる!」
こんな時こそ私の出番。マリーベルツアーなら往復などあっという間だ。
今から出て、夜までに戻ってこれば問題ないだろう。
ローズはちょっぴり迷っていたけれど、最後は嬉しそう首を縦に振った。
「ついでに途中にあるペコロンの花畑でお昼を食べましょう。あたしお弁当を作るわ」
こうして、私とローズは日帰りではぐれ集落へ出発したのだ。
今回は私とローズの二人だけ。シール達は残ってカシーナさんの料理をお手伝いだ。
あとついでにシルキーもお留守番である。マゼットさんと服作りの打ち合わせがあるから、今日は一日レンタルの予定なのだ。
「じゃあ、行ってくるね」
「お気をつけて、マスター。くれぐれも迂闊な行いで、その辺を壊さないようにお願い致しますの」
「むー。シルキーはもうちょっとマスターを信用しなよ」
全く、失礼しちゃうよね。拗ねる私をシルキーはクスクスと笑った。
「何かございましたら、わっちを再召喚してくださいの。そうすれば、すぐにマスターの元へはせ参じるのです」
「へー、ニョーデル村から一瞬で移動するのか。便利だね!」
「……その機能を使って、エルフ達が何をしたか知りたいですの? ねえ、知りたいですの?」
「ううん、興味ないよ」
ギリギリとハンカチを噛んでいる妖精はスルーである。
それと村を出る時、ゴプリダも見送りに来てくれたんだ。
「ギャギャ、本当はもっと早く行きたかったろうに。ゴプ達の件で村に縛り付けて悪かったゴプ」
何度も謝るゴプリダに、私はニカッと笑顔を作ってみせる。
「気にすることないよ。私も『コーカン』がしたくてやったことだし」
「安心するゴプ。今回の件と交換するものはちゃんと準備するゴプ」
大事なものだから、『コーカン』する前に他のゴプリン達にも話を通しておきたいそうだ。何が貰えるんだろう。楽しみでエルフ耳がピッコピコだよ!
陽気な春の日差しの中、私はローズを籠に入れて走り始める。
肩から掛けた攻略本用の鞄は、プレゼント『コーカン』で貰った新品さ。もちろん、おやつポケットには大量のお菓子入りだ。
「あとでお姉ちゃんにもおやつを分けてあげるね」
「え、あ、ありがとう……う、嬉しいわぁ……」
なんだかローズがたどたどしいでしょう?
知ってるよ。実は今朝、ローズが私のおやつを盗み食いしていたのはさ!
でも今日は誕生日だから見逃してあげるんだ。おっぱい揉み揉みの刑は明日、改めて執行の予定だ。もちろんローズにはまだ内緒ね。
ハッピーバースデー、ローズ。
マリーベルはサプライズを覚えたよ!
ペコロンの花の群生地は、ニョーデル村からそれほど遠くない場所にあった。
私達はちょっと早いお昼をそこで食べて、二人でのんびりティータイム。目の前に広がるペコロンの花には白色や薄紫色、青色にピンク色と沢山の種類があり、二人でお墓に添える花を選んだ。試しに寝転がると、花の良い匂いが体を優しく包んでくれて、とても気持ちいいんだ。
そうやってのんびりしているうちに――
「ふわぁー、ごめん。寝ちゃった」
私は爆睡していたみたい。いつの間にか太陽の位置も結構変わってたよ。
でもローズは私の頭に乗った花びらを払いながら、嬉しそうに微笑んでいた。
「いいのよ。マリーのおかげで時間は余裕なんだから、ゆっくりして行きましょう。それに、もっとペコロンの花を眺めていたい気分なの。だってあたし達の花でしょう?」
その言葉に、私も柔和な笑みを零した。
「うん。ペコロンは私達の花だもんね」
ペコロンを私達の花と呼ぶ理由。
それは私達のあだ名がペコロン姉妹だからってだけじゃないんだ。
実はこの花は――
「ボス! ローズ!」
私の思考を遮ったのは、今にも泣きそうな女の子の叫び声。
声の元へ振り返ると、そこにいたのは汗だくになったシールだった。
「ボス……皆を。ニョーデル村の皆を助けて!」
乱れた息もそのままに、シールは私へ駆け寄ると、縋るように肩を掴む。
普段はクールな彼女が取り乱す様に、私達は尋常ではない気配を感じた。
「どうしたのシール!?」
「シーちゃん、何があったの!? 落ち着いて話して」
「村が……大量のモンスターに襲われた」
悔しそうに歯軋りをしながら語るシールの言葉に、私とローズは揃って息を飲む。
私達が出発した後、村へ巨大な蜘蛛の魔物が大群で押し寄せてきたというのだ。
「あっという間だった。抵抗する力がない人は皆さらわれて……」
その魔物達は口から吐く強靭な糸で村人達を拘束すると、瞬く間にどこかへ連れ去ってしまったそうだ。シールも危なかったけど、なんとか撃退できたらしい。
「シール以外にも無事だった人はいるの?」
「母さんや姉さんも無事。あと武器を持ってた狩人達が何名かいる」
逆に言えば、もうニョーデル村にはそれだけの人数しか残っていない。
その事実に、私もローズも唖然としてしまう。
「今、母さんがモンスターの足取りを追いかけてる。私は銀狼の指輪のおかげで早く走れるから、ボスへ知らせに行く役目を引き受けた」
一刻も早く蜘蛛達の目的を把握し、皆を助ける。その為には、私の力が絶対に必要だ。
まだ間に合う。その希望を信じて、私はすぐに籠を背負った。
「ニョーデル村へ戻ろう!」
「ええ、絶対に皆を助けましょう」
お姉ちゃんもコクンと頷き、シールと共に籠へ乗り込む。
どうして神様の像を無視して魔物がやって来たのか? どうして皆をさらっていったのか? そんなことを考えるのは後でいい。絶対に皆を救い出すんだ。
あ、ついでだからこいつも連れていくか。
「ってことだから、今から村に戻るけど。アナンダはどうする?」
「アナンダではない。アナコンダだ!」
「逆になってるよ」
茂みから顔を出したのは、安定のストーカー。
まあ、ついてくるっぽいから連れてくか。
「無事でいて……みんな」
そしてアナンダの首根っこを掴み、私は駆け出した。
なんか引きずられたエルフが「あばばばば」とか言ってるけど、構っている暇は無い。
さらわれたニョーデル村の皆を救い出すために――
私は不安を押し殺し、全速力で駆け抜けた。




