68話 マリーは最後の夜を過ごす
風呂屋が完成してから、ゴプリン族の引越しは比較的スムーズに終了した。
居住は既に川原で組んである石の家を、バラして運べば良いだけだからね。
マリーベルパワーの独壇場さ!
と、いきたかったけれど――
ズシーン、ズシーン。
「Ya―Ha―! 行くよ。ワット」
「Oh Yeah! 俺も親父みたいに皆の役に立つんだ」
筋肉ムキムキ巨漢親子へと変貌したイズディス村長とワットによって、あっという間に作業は終了したのだ。あうう、私の出番がぁー。
「ゴプゥ……ワット君。本当に素敵ゴプゥ」
でもゴプララが体をくねくねさせて喜んでいたから、まあいっか。
こうしてゴプリン族は正式にニョーデル村への加入を果たした。
村長はもちろんイズディスさん。族長のゴプリダはそのサポートに回って村を支えていくつもりらしい。男は狩りと畑仕事。女はマゼットさんと服作り。そして一族総出でお風呂屋さんという役割だってちゃんとある。
もちろん慣れない他種族との生活で戸惑うことは多いけれど、みんな「頑張って覚えるゴプ」と笑顔で口を揃えていたよ。
ここは彼等が心から安心して過ごせる村。
そしてみんなと一緒に笑顔で暮らせる居場所。
さあ、今日も大口を開けようか。
牙をむき出しにして、魔物のゴブリンのように声高々と――
私も、君も、あなた達も、せーので共に笑うんだ。
ギャギャギャ!
どんなに凶悪な姿をしていても。
ゴプゴプゴプ!
どんなに子鬼そっくりに笑っても。
わっはっはっ!
この村では皆が一緒に笑うんだ。
こうしてゴプリン族は『コーカン』で笑える居場所を手に入れたのであった。
周囲には夜の帳が下り、ローソクの炎が主張を始めた我が家の中で――
ローズは黒い塊を頭へ押し付けて、シャッターを押す。
パシャ! ジーッ
思い出を形にする魔法エルフィルムで、今回の記憶を写真へと変換。両親との思い出だけじゃない、私とローズは私達自身の思い出も本へと書き残すことにしたのだ。
二人で過ごした大森林のことや、ニョーデル村に来てからみんなと遊んだこと。
シールとの特訓や、シルキーの服作り。ゴルゴベアードとの戦いや、魔法の勉強に、ゴプリン族と出会い。そしてみんなと行った『コーカン』の思い出を、全て書き記すのさ。
もちろん文字を書くのは私の役目。写真を撮るのはローズの役目だ。
そして何冊も積み上げた思い出帳を、布団に包まってパラパラと読み返す。
「本当にいろいろなことがあったね」
「そうね。マリーはいっぱい『コーカン』したわね」
「お姉ちゃんだって、いっぱいお肉を食べたじゃん」
「むぅ。マリーだって一緒に食べたでしょう」
私は悪戯っぽい笑みを浮かべると、膨れっ面になったローズへ頬ずりをする。
「へへ、そうだね。一緒だね」
なんだかとっても嬉しくて、ローズのことをギューッと抱きしめた。
「もう、マリーは本当に甘えん坊ね」
そう言ってローズも私を抱き返してくれる。私達は抱き合ったまま、意味も無くベッドの上でコロコロと転がった。お互いにくすぐり合ったり、額をくっつけ合って笑みを零す。
「大好きよ、マリー」
へにょんとしたエルフ耳を撫でながら、ローズが耳元で優しく呟いた。
暖かな吐息と共に紡がれた甘い言葉は、私の胸をいつまでも満たしてくれる。
「あのね。お姉ちゃんにプレゼントがあるんだ」
「プレゼント……?」
幸せ過ぎて胸のドキドキが収まらない私は、それを今渡すことにした。
「うん、本当は明日の夜に渡そうと思ったんだけど……」
そうして私が取り出したのは一本の杖だ。
「これってユグドラシルの聖杖?」
「うん、実はもう一本作ってたんだ」
材料は足りてたからね。ローズの分もこっそり壺に入れておいたのだ。
だって明日はローズの――
「12歳のお誕生日おめでとう」
私は満面の笑みを浮かべて、お祝いの言葉を贈る。
生まれてきてくれてありがとう。そんな感謝の気持ちを心の底から込めて。
「……ありがとうマリー」
ローズは嬉しそうに杖を抱きしめていたよ。
もちろんこれで終わりじゃない。明日もちゃんとプレゼントを用意するんだ。
「明日は美味しいお肉をいーっぱい取ってくるからね」
「もう。杖だけでも嬉しすぎるのに……」
「じゃあ、いらない?」
「いる」
さすがローズ。歳を重ねてもぶれない。
「実は私もマリーにプレゼントがあるの」
「私は誕生日じゃないよ?」
「いいの。私はマリーとプレゼント『コーカン』がしたいわ」
「わぁ、『コーカン』していいの!」
尖がり耳を上下させる私の前に、ローズは大きな茶色の鞄を持って来た。
攻略本を入れる新しい鞄だ。今のものはシーツで作った即席のものだから、もうボロボロだったのだ。だから今度は頑丈な魔物の皮で作ってくれたそうだ。ちゃんとおやつを入れるところもあるんだよ!
「これでマリーと『コーカン』成立ね」
「うん、お姉ちゃんと『コーカン』が成立だ」
私達は鼻先と鼻先が微かに触れ合う距離で、クスクスと笑いあった。
大好きなお姉ちゃんと大好きな『コーカン』をする。
ああ……ローズと出会うことができて、私は本当に世界で一番幸せなエルフだ。
こうして次の日、ローズは誕生日を迎えて12歳になった。
そして――
その日がニョーデル村の最後の日となったのだ。
「ボス……皆を。ニョーデル村の皆を助けて!」
to be continued




