67話 マリーは楽園を楽しむ
ゴプリン族の作った露天風呂にはたくさんの浴槽があって、自分好みに入浴を楽しめる。
ごつごつした灰色の石で構成された野生味溢れた雰囲気のものや、ツルツルのカラフルな石で組まれた明るい雰囲気のもの、仄かに木の香りが漂う木製のものも存在するよ。
足が汚れないように、床にもびっしりと石が敷き詰められているけれど、一部にはちゃんと自然を残しているんだ。景色を楽しみながらほっこりと入浴できるね。
シルキーに皆のタオルを沢山作ってもらって、準備も万端だ。
唯一、不満が残るとしたらこれだろう。
「マスター。お風呂にも、その馬鹿でかい本を持ち込む気ですの?」
シルキーが残念そうな顔を私に向けている。
「しょーがないじゃん。私から離れないんだもん」
「いっそのこと、柱にでも縛り付けてみてはいかがですの?」
「無理だと思うけどなぁ……」
シルキーに頑丈な布を出してもらって、脱衣所の柱に縛り付けてみた。
ひゅ――っ、ゴズッ!
そして攻略本が私の頭へ、ミシッとメリ込む。
驚いたことに縛った布も、脱衣所の壁も、幽霊みたいにすり抜けて飛んできたんだ。
「駄目だったね。諦めて、さっさとお風呂に入ろう」
私は悟りを開いた表情を浮かべ、シルキーに声をかける。
「……」
だが、返事が無い。まるで屍のようだ。
「おーい、シルキー?」
小さな妖精は、攻略本に潰されてえらいことになってた。入浴前で良かったよ。
飛び散る鮮血を洗い流してリセットだ。
マリーベルは身を清めるよ!
裸の付き合いはユグドラシル的コミュニケーションの一つ。
だから私は裸が平気なんだけど、他の皆はちょっぴり抵抗があるみたい。恥ずかしがって、なかなか脱がないんだ。入浴する習慣がないと、裸になるのは破廉恥に感じるらしい。
「あ、あたしが最初に脱ぐわ」
そうやって名乗り出たのは我が姉ローズ。
みんなの為に率先して、脱衣所で服を脱ぎ始めたんだ。
ほんのり頬を赤く染め、恥じらいながらも頑張るお姉ちゃんの姿はとても誇らしい。おまけに服を脱いだ瞬間、ぽろんと零れたおっぱいが私に衝撃を与えるのさ。
この喜びと感動をローズにも教えてあげなきゃ。
だから私は背後から手を回して、おっぱいをわしづかむのさ!
そーれっ、揉み揉み揉みー
「あんっ、あんっ、駄目よマリー。村のみんなが見てるからぁー」
「皆が見てる。そのことにこそ意味があるんだよ!」
「くっ……はぁん、エルフって。エルフってー」
はい、このあと激オコされました。でもおかげで皆は恥ずかしくなくなったそうだ。
私とローズが一番破廉恥だから安心なんだってさ。ちょいと失礼だよね!
聖水温泉に入った瞬間、シールの尻尾は湯船の中で大はしゃぎ。
「んんっ、このお湯ヤバイ!」
お湯の効能を直に感じ取ったようだ。でもお風呂で漏らしたら駄目だよ?
「はぁー、気持ちいいですわ。こんなお風呂が毎日入れるなんて……わたくしニョーデル、村に引っ越したくなりました」
ほっこりしているのはサリーちゃん。村長の娘なのに問題発言だよ。
でも店内にさり気なく木苺販売を取り入れた手腕は、さすがラーズっ子である。
ヤンキー姉さんのラシータは走り回ったり、飛び込んだりしてた。子供か。
「ラシータ、お風呂ではしゃいだら危ないよ」
「なんだよボス。らしくねえな」
「エルフはユグドラシル的お風呂マナーを遵守するのさ」
湯船にタオルをつけない。ちゃんと百数えてから出る。脱衣所に行く前には体を拭く。
この聖水温泉にはユグドラシル提供の入浴マナーを導入済みさ。
「へへっ、そんな軟弱なルールに縛られるあたしじゃねえ――ぎゃんっ!」
ラシータはツルッとスベッて、頭にでっかいたんこぶを作ってた。
みんなもユグドラシル的入浴マナーは守ろうね!
聖水温泉の効能に一番喜んでいたのはマゼットさんだ。
「はぁーん、本当にこのお湯は最高よぉ」
ローズを超える巨乳の持ち主は肩こりが大変らしい。恍惚とした表情を浮かべている。
湯船には二つの大きな乳袋が、プカプカと浮いているよ。
「はわー、おっきいね」
「うふふ、触ってみる?」
「いいの!?」
「少しだけよぉー」
なんという甘美なお誘い。私はマゼットさんのおっぱいをちょっとだけ揉んでみた。
「はんっ、はんっ、駄目ぇ……知らないわぁ。こんなに凄いの私は知らないわぁ」
なんか私の揉みテクは凄いらしい。マゼットさんが「ローズちゃんは毎日これに耐えているの!? まさに抗いようの無い快楽……こんなの知ってしまったら。私は、私は……ああ、マリー様ぁ」と、目にハートマークを浮かべていたから間違いないね。
でも駄目だぁー。私はエルフ耳を、しゅーんとさせる。
「お姉ちゃんの方が良いや」
揉み心地だけでなく、仄かに香る甘い匂いも一級品。マゼットさんの胸を触らせてもらって、私は初めて気付いたよ。ローズのおっぱいは神が生み出した奇跡の塊だって。
「ロ、ローズちゃんの胸はそんなにいいの?」
「一度揉んだら病み付きになるよ」
その瞬間、風呂場にいる全員が、飢えた狼のような目でローズの胸を見た。
その圧に押され、後ずさったローズを取り押さえたのはシールだ。
「ひゃん、ちょっとシーちゃん!?」
「んんんっ、ローズ凄い、ローズ凄い」
ケモミミ娘は感動に尻尾を震わせながら、親友のおっぱいを揉み続けた。
そしてそれを皮切りに、皆がローズに群がる群がる。
「だ、誰か助けてぇー」
「待て待てぇー。お姉ちゃんは私のだい!」
その叫びを聞いて、いざ駆けつける私。
お姉ちゃんを助けるのはいつだって私の役目さ。
群がるおっぱいモンスター共をシッシと追い払い。ローズに感謝されて、脱衣所モミモミの件は無事に仲直り。そもそもの原因が私という見事なマッチポンプに気付かれる前に、仲良く背中を流しっこだ。
丸く収まれば何でもいいよね。
マリーベルは水に流すよ!
――まあ、こんな感じで私達は一番風呂を楽しんだのだ。
ちょいと壁を越えて男風呂へも突貫してみたよ。もち裸でね。
男共は「いやーん」と気持ち悪い声を上げて、胸を隠してた。男のおっぱいなどいらん。
そうそう、何人かが鼻血を出して倒れていたよ。シールの兄のマジータも「す、素敵だ」と私の前で気絶してた。初めてのお風呂だから、きっとのぼせたんだ。気をつけなよ。
あと、ちゃっかりとアナンダもお風呂に入ってたよ。
「崇高な種族魔法をこんなことに使いおって……罰当たりな。しかもなんだこの水量は、いくら聖杖を使ったからといっても、このような規模にはならんぞ。非常識な!」
なんか湯船の中でブツブツ言ってた。
私がユグドラシル装備のことを知ったのは、こいつとの『コーカン』で攻略本を使った時なのさ。聖剣のことを調べたら一緒に出てきたんだ。だから一応、感謝である。
私は脱衣所に戻って、聖杖と一緒に作ったある物を持って来た。
「ほい、約束だったユグドラシルの神聖剣だよ」
「……っ!? 信じられん。本当に作成できるとは……」
見た目は、ほぼ聖剣と同じ。だけど篭ってる魔力は段違い。
アナンダもそれを感じて、剣を持つ手が震えているよ。
「しかし何故、風呂場で渡す。せっかくの伝説の剣が台無しではないか」
「えー、面倒じゃん。文句言うなら、また剣をポッキリいくよ?」
「や、やめんか。貴様、この剣にどれほどの価値があると思っている」
私が握りこぶしで脅すと、アナンダは大事そうに剣を抱きしめる。
「そんなの材料があれば、いくらでも作れるじゃん」
「……化け物め」
でもアナンダは急に眉間の皺を緩め、フッと肩の力を抜いたんだ。
「だが、先の儀式は素晴らしいものであった……正直、我はあれほど大規模な魔法は見たことが無い。それに何より――」
するとジーッと私を見つめて、何故か急に慌て始める。
「か、勘違いするなよ。ユグドラシルの葉を奪われた上に、シルキーの服を贈られたからといって、我はそう簡単に絆されたりはせぬからな! 貴様が化け物であるという認識を変えるつもりはないぞ。だが……」
そして最後にポッと頬を赤らめた。
「……可憐だ」
お風呂の熱で完全にのぼせてるよ。気持ち悪いね。
こうして私とアナンダの『コーカン』も無事に終わったのだった、
ニョーデル村に開店したゴプリン族のお風呂屋さんは、あれから毎日大盛況だ。
みんなは一日の終わりをこの場所で過ごし、汚れを洗い流したり、脱衣所で私の提供したオセロをしたりと楽しんでいるよ。もちろん、隣近所のラーズ村の人たちも頻繁に入りにくるんだ。サリーちゃんの狙い通りだね。
でもこのお風呂で一番変わったのは、ゴプリン族でも村人でもない――
「お、イズディス村長が来たぞ」
「待ってたゴプ、待ってたゴプ」
「今日も派手にお湯をだしてくれー」
ニョーデル村の村長、イズディスさんである。
以前の影の薄さはどこへやら。お湯の供給シーンが派手だから、みんなが村長を称えるようになったんだ。
いつの間にか顔すら忘れ去られる地味な男はもういない。お湯を出すごとに拍手喝采の嵐で、村長の存在は村で一番輝くようになったんだ。
そしてその結果――
ズシーン。ズシーン。
何の音かわかる?
答え、何故か急に筋肉ムキムキのナイスガイに成長した村長の足音でした。
「Ya―Ha―! おはよう、マリー君」
「……村長ちょっと変わった?」
「No problemさ。特に変わりはないよ」
嘘だ。何か口調が変わってるじゃん。
おまけに声も野太くなってるし、身長も倍になってるよ!
プルプル震えるのがスタンダードな痩せこけたツクシはどこにいったのさ?!
するとマジルさんが、冷や汗を垂らしながら教えてくれたんだ。
「ありゃ、自信のおかげだ。イズディスの中に、村長としての揺るぎない自信が生まれたおかげで、奴の肉体にもきっと変化が現れたのさ」
「へー、人間って自信が付くとああなっちゃうのか……」
マジか。マジでか。自信が付くって凄いことなんだね。
そんな父の姿を見て、ワットは凄く喜んでた。
「すげえ……いつか俺も親父のような男になるんだ」
父親の影の薄さに悩んでいた少年の姿はもういない。
マリーベル的には胸にしこりが残りまくってるけど、ワットの悩みも解決したみたいだし、まあいっか。
こうして村長が村から忘れられることは無くなり、反抗期だったワットは立派な父親を目標に新たなスタートを切ったのだった。
そして次の日。
ズシーン。ズシーン。
「Ya―Ha―! マリー、遊ぼうぜ」
「ギャギャ、遊ぼうゴプゥ」
ゴプララを肩に乗せた筋肉ムキムキ巨大化ワットが現れた。
お前もかい。
マリーベルは人体の神秘を目撃したよ!




